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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 聖なる日?クリスマス・ケーキに違和感  
コラム名: 自分の顔相手の顔 12  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1996/12/17  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   最近、少し少なくなったように思うけれど、クリスマスの前になるとケーキを片手に町を歩いている男をよく見かける。いい父親なのだろう。家庭にクリスマス・ケーキを持って帰ろうとしているのだから……
 しかし中途はんぱなキリスト教の勉強をしてしまった私は、あの光景に違和感を感じ続けて来た。私たちの幼い頃、十二月二十四日は七面鳥を食べてパーティーをするどころか、朝から軽い断食をする犠牲の日だったのである。
 クリスマスを聖書的に見ても、それは一人の惨憺たる生涯を送ることになる人物が、この世に生まれた日だということは歴然としている。
 聖書によると、マリアは許婚者であったヨゼフといっしょに暮らさないうちに天使のお告げによって妊娠した。当時も今も、セム族の文化の中には強烈に女性の貞潔を重んじる気風がある。彼らはシングル・マザーを出さないように、処女が性的な交渉を持たないように、社会を挙げて防いでいるのである。
 しかし時には、実際の結婚式より早く、周囲の納得の元で許婚者と同居する場合はよくあったようである。しかしヨゼフはそのようなこともないうちに、マリアの妊娠が判明した。それでもヨゼフはマリアを愛していたから、自分の身に覚えのない子供を、父として引き受けることにした。
 ベトレヘムでは宿屋がなかったので、マリアとヨゼフは恐らく付近の洞窟に泊まった。家畜を夜の間洞窟に入れておくことは極めて普通だったのである。それで馬小屋説ができた。初めて訪ねて来たのは羊飼いたちであったということになっている。羊飼いは絵になるから、皆お話を楽しく受け入れるが、当時の羊飼いは、町で教育を受けているユダヤ人からは、深く軽蔑されている無教養な人々であった。
 聖家族は、まず貧しさと不遇の中で出発した。彼らは、差別された羊飼いたちを、子供の初めての友として受け入れた。しかし本当の苦悩は、小さなナザレという村でイエスが育つ間、ずっと「あれはヨゼフの子じゃないんだよ。マリアが淫らなことをして生んだ子だよ」と囁くいじめに会い続けて来たことだろう。
 セム系人の名前の付け方はおもしろい。今でも彼らは、自分の名前、次に父の名前、次に祖父の名前、次に曾祖父の名前、というふうにつける。長い人では、十人も二十人もご先祖さまの名前が続くこともある。それほど彼らは、血の正しさを重んじる。姦通なんかした人は一人もおりません、と胸を張っているわけだ。そのような由緒正しい血統を持つ者だけが人間であって、それ以外は「犬の子」「豚の子」だと差別されるのである。イエスの生まれたのは、そのような厳しい現実の中であった。そんな程度のことでも知っていて、お父さんはケーキをぶら下げて歩いているのかなあ、と思う。
 



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