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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 効果的な防災の国際分担を?災害の体験と教訓生かす  
コラム名: 正論   
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1999/10/04  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  救援に強いイスラエル
 トルコ、ギリシャ、台湾、と大きな地震が起きたことを契機に、世界はもう少し効果的な防災の役割分担を決めるべきだろう。テレビで台湾の被災者の男性が、救援隊に向かって「お前たちが怠けて働かなかったから、下敷きになった家族が死んでしまった!」と喚いている光景が映し出されたが、救援の人々にしたら、そんなことを喚かれる筋合いではないと思いつつ、沈黙してその罵倒を受ける他はなかったろう。
 自然災害に対してはまずG7あたりで世界を大きく分けて担当圏を決めることだ。
 アジアは韓国、台湾、中国、日本、オーストラリア、を中心に、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどを含めて、救援の範囲の大きさを決める。たとえばシンガポールには、訓練を受けた部隊もお金も物資もあるだろうが、僅か三百万ほどの人口では、救援隊に出せる人数も限定されるから、範囲が小さくなっても仕方がない、という発想である。
 こうした救援隊は、早く現場に到達しなければ意味がない。災害がある度にイスラエルがいち早く現場で活躍するのは、まず第一に長い間祖国を失って苦難の生活を耐え続けた血の中の歴史、第二に災害にも使える軍事的訓練を受けた人々がたくさんいること、第三にイスラエルがヨーロッパやアフリカに近いこと、第四に退役軍人や市民で作られた救援隊が数時間のうちに動員できるシステムができていることである。
 遠い所に善意や感傷で出て行こうとしても、効果は期待できない。お互いに近くの国がまず数時間のうちに動き始め、それからお金やもので遠くの国も支援するという仕組みを作ることだろう。
 
災害死者の魂に報いる道
 地震は発生の直後から二、三時間の間は、周囲の人たちが初期的な消火と救出の役割を果たす。しかしそれで助け出されなかった人は、もはや素人の技術や真心などでは手が出ない。専門的な技術、機械力、訓練を受けた判断と体力、が必要なのである。
 私は今働いている日本財団が、消防庁にも経済的な支援をしているので、過日その訓練や技術の一端を勉強させてもらった。その背後には、阪神・淡路大震災の教訓が色濃く生かされていたことを、私は亡くなられた方々の魂に報告したい。昔の木造家屋が主だった時代には、火事は燃えてしまえばそれで終りだった。消防は火消しで済んだ。しかし今の消防の技術はとてもそんなものではない。犬ではなく、電磁波を使って生存者を捜し出す機械、周囲にできるだけ破片を散らさない爆破の方法、壊した大きなコンクリートの破片などを取り除く「玉掛け」の技術、そして必要な重機の扱いなど、昔の消防の観念にはない大きな拡がりを見せている。
 消防庁の中に専門の国際災害救助隊を設置することは急務である。そういう特殊なグループは、災書発生後、働くべき現場の範囲と、寝てもいい現地の「地面」さえ与えられれば、騒擾、盗難、病気の発生など、考えられるすべての危険を考慮の上で、衣食住の総てを自分で賄う設備を持って行くのが当然だ。その他に分解して数時間で組み立てられる小型の重機の開発もできなくはないだろう。何よりも災害発生後、せめて十時間以内に、こうした救援隊は、ボランティアの通訳と共に出動できるシステムを作ることが大切だ。
 
情と監査の厳しさは別物
 アジア全域に対しては、救援船を作ることが有効だろう。日本の国内災害に対しては、被災県の一番近い海域に、小型ヘリを搭載したこの救援船を繋いで、この船を基地として活動をする。
 アジアの国々の中には貧しくてとても人の国まで手が廻らない、という国が多いだろうが、それでもできるだけのことをまとめて行くのがAPECの存在意義だろうと思う。
 災害の後、社会が内乱状態になる国も当然あるだろうから、災害出動に対しては、治安維持部隊をつけるのも当然のことである。
 私は台湾に対する東京都の救援がたった五百万円だということを知ってショックを受けた。政府も五千万だという。日本財団が即日決定した額は三億である。
 私は決して石原知事を非難しているのではない。したくてもできない事情は明瞭だ。ただ他にやり方はあるはずだ。私も人並みに、目的のわからない税金は払いたくない。しかし国際救援のために、特別区民税に年間百円を上乗せして払うことなら実に気持ちよく納得できる。納税額によって千円を取ってもいいだろう。幸運にも外国にそうした災害がない時には、このお金は特別会計として保留し、一定期間後には国内災害にも使えるようにしたらいい。こうして年間百億近くを集めることはそれほどむずかしいこととは思えない。
 ただ災害のお見舞い金といえども、使い方には事後厳しい監査を付けねばならない。情とお金の監査の厳しさとは全く別物だ。長野五輪招致委員会が、帳簿を素早く破棄したような胡散臭い管理は決して許してはならない。災害の体験を生かすことしか、死者に報いる道はないのである。
 



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