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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 成り金でない条件  
コラム名: 私日記 連載11  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/06/08  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   五月十三日
 午後、日本造船学会百周年記念式典に出席する。ホテルの控え室で外国の代表に挨拶。イギリスの造船学会長は、百年以上も伝わっているというみごとな帆船のデザインのペンダントを厳かに付けていらっしゃる。
 皇太子殿下もご出席。控え室でご挨拶。私たちは先に着席して殿下をお迎えするのだが、ご入場の時、席を立たないように、という注意がある。これは造船学会の決めたことではなく、警備側の要望らしい。しかしどこの国に、国家元首やそれに相当する人を、起立してお迎えしない国があるだろう。まことに奇妙な日本独特の非常識は一刻も早く改めないと、国民すべてが外国で無礼な行動をする。
 殿下はテムズ川のお話をされるかと思ったが、日本の海上交通の歴史について学者らしい立派な小講演をなさった。テムズにお触れにならなかったのは、他の国の代表もみえているので、どこか特定の国に偏るのはお避けになったとのこと。常にそこまで配慮をされるのはさぞかしお疲れになることだろう、と庶民的な憶測をする。
 お金の話は、はしたないのでしたくないのだが、日本財団が造船関係の事業に対して、どこにどれくらいの補助をしているかと言うと、日本造船学会に対しては、平成九年度は百周年のお祝いの事業もあって六千百万円。他に、日本造船研究協会に七億六千三百万円、日本船舶工業会に三億二千七百万円、日本船舶標準協会に二億九百万円、と言った具合である。
 私はいつも、お金を出したところからは、詳細な報告をもらい、必ず皆が要点に眼を通して、どういう成果を上げておられるか知るように言っている。いい効果が上がっていれば深く感謝し、そうでなければきちんと理由を聞くべきだ、とわりにウルサイ。
 五月十四日
 やっと一日家にいられる。午前中、雑用。午後一時半から「婦人公論」の今月分の連載を書き始める。私は集中することができない性格で、三十分に一度くらいは立ち上がって台所で煮物の味つけをしたり、花や野菜をいじりに庭に出たりする。体にはいいと思うのだが、夫は散漫な性格だと言う。だから二十五枚書くのに夜九時半までかかる。
 五月十五日
 朝六時半に家を出て、鹿児島出張。地方のマスコミ関係者と会合を開いて、日本財団の仕事の最近の動きや問題を報告するのが目的である。ついで私が外からのお客さまに短い講演をして、それから海に関するパネル・ディスカッションが行われる。こちらがメインの計画である。
 パネル・ディスカッションの講師の先生方のお話を伺うべきなのだが、今日は東京に取って返して音楽会に出席しなければならない。会場は、ガラスの屋根越しにゴジラの背骨みたいなのが見える新しい名所、東京国際フォーラムの大ホール。
 音楽会を主催する日本音楽財団は、ストラディバリウスを優秀な内外のヴァイオリニストに貸したり、日本各地の太鼓を応援したりいい仕事をしているが、毎年クラシック音楽会も実施している、今年はローリン・マゼール指揮、フィルハーモニア管弦楽団の演奏で、日本各地で行われるモーツァルトのプログラムの一日を引き受けた。音楽財団への日本財団からの補助額は十二億である。
 羽田からの道は不思議なほど空いていて、皇太子同妃両殿下のご到着をお迎えする時に辛うじて間に合った。マゼール氏の指揮は人間的に明快で、中には音楽をではなく、その指揮ぶりを「見たくて」来るファンもいると言う。演奏会後、高円宮同妃両殿下とマゼール氏を迎えて夕食会。終わったのは十二時過ぎ。
 五月十六日
 今日はオペラ「忠臣蔵」を見る。一言で言うと大成功。台本の島田雅彦氏、作曲の三枝成彰氏の才能を改めて感じる。細部にはもちろん人によって小さな違和感はあるだろうが、日本はこれで初めて外国に持って行って勝負できる創作オペラを得た。「金持ち」が「成り金」でなくなるには長い時間がかかる。日本も経済発展後「ここまで来るのに今まで」かかった。オペラは成り金が教養ある金持ちになったかどうかを計る一つの目安だ。
 五月十八日
 埼玉県の寄居町で、生産効率の悪い谷の田圃や畑を利用して「男衾とんぼ公園」を作った大人たちがいる。トンボの産卵用の小さな池は、ボランティアが手で掘ったものだ。そこへ東京の門前仲町の子供たちがバス二台でやって来て一日遊んだ。私も訪問するのは初めて。日本財団はここにも小さな補助をしている。
 トンボの池には、しかしザリガニが増え過ぎていてヤゴを食べてしまうので、今日はまず子供たちに、近くの竹藪から切って来た竹の先にスルメをつけてザリガニ釣りをしてもらう。竿も手作り、がいい。初めて捕らえたザリガニに子供たちは興奮している。今度はスルメではなく、昔の子供たちのように、カエルか、仲間のザリガニの肉で釣らせてください、と頼む。この自然の無残さがわからないと、甲高い声で、無責任に自然保護を叫ぶ大人ができる。
 



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