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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: オリンピック?「資料焼却」は裏金使った証拠  
コラム名: 自分の顔相手の顔 212  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/02/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   最近のオリンピック誘致の熱狂ぶりは、経済効果ということはあるだろうが、常軌を逸して狂的に見える。自分一人の世界で済む仕事の範囲なら、狂的になってもいいのだが、大勢がかかわる仕事で冷静さを失っていいことは一つもないだろう。
 オリンピック委員会の委員たちが、次期開催地の選定を巡る誘致合戦の最中にさまざまな贈り物や接待を受けたかもしれない、という疑惑が明るみに出たことを、私はむしろ子供たちや若い人たちのために歓迎している。
 スポーツの世界も他の仕事と同じように、人間の弱さや欲望の醜い標的になり得るというごく普通の現実を認識する方が、スポーツというだけで、正義と公正だけが行われている世界のように思う単純思考から脱却して、少しは複雑になれるかもしれない、と思うのである。人間の世界にはすべてに裏があり、それを避けるには自らを律する美学と勇気が必要なことや、必要以上と思われるくらい用心が大切だということを覚えさせるいい教材なのである。
 それにつけても、長野のオリンピック準備委員会の事務局長のような立場の人が、テレビに出てきて、いかにも晴れやかに、自信ありげに、しかも得意気に、「はい、準備が完了した段階で、関係資料は、私がすべて焼却いたしました」というようなことを言ったのにはほんとうにびっくりした。こういう不用心で非常識な人物には、最初から事務局の仕事をさせるべきではないし、もし彼が独断でこういうことをしたのなら、あくまでその責任を問うべきであろう。
 長野オリンピックが開かれたのは一九九八年のことだから、すべての公文書、ないしはそれに準ずるもの、は最低三年間は保管・保存の義務があるという常識に従っても、まだ取って置かねばならない書類である。しかもオリンピックの準備委員会のものなら、むしろ県史の資料として永久保存すべきものだろう。県がそれを命じていなかったというのは、文教県長野としては理解に苦しむ行動である。
 この場合、焼いたということ自体が、裏金を使っていた証拠だとみなしてもいい。疚(やま)しいことがないのなら、個人的心情としても苦労してやっとこぎ着けた事業の記念の帳簿は、長く取っておくものだろうから。長野はこの点だけでも、大きな汚点を残した、と非難されても仕方がない。今からでも内部からの「修正申告」がなされることが期待される。
 人のお金は怖い、というのが私の実感だ。私も今仕事の上で人のお金を扱っているが、職場でいつも繰り返すのは十円のお金でも、何のためにどう使ったか、いつでも詳しく説明できる体制を取れ、ということだ。お金は出先と目的を正確に示すことができ、またその必要性に関しては、どれだけでも人間的な側面から説明ができるものだ。それができない時は疑われても仕方がないのである。
 



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