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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 大地?全土が日本人の墓地なのだ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 292  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/12/06  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   死んだ後のお墓のことなど気にしている人に会うと、私はいつも、この日本全土どこでもが、私たちの先祖の骨を埋めた墓地じゃないか、と思う。
 私の住んでいる東京の大田区の土地は、多摩川に面して南斜面に恵まれ、古墳もたくさんある。私の息子は、幼い時から神社の境内などですぐ円筒埴輪などを見つけては拾って来たので、私はそういう出土品を勝手に現場から動かしてはいけない、と教えなければならなかった。
 しかし考えてみれば、円筒埴輪が出るということは、そこには人が住んでいたということだ。人が住めば、人は死ぬ。必ず近くに埋葬されたはずだ。だから日本中、方寸の土地といえども、墓でないところはない、と言っていいだろう。この日本全土が日本人の墓なのだ。そして天皇家のようなたぐい稀な古い家系以外、すべての人の墓は誰のものかわからなくなり、骨だけが大地に還ったのである。
 私の家は私の母が亡くなった一九八三年に墓を作ってそこにまず母のお骨を入れた。次に夫の父母が入った。そして将来は、私たちだけでなく、夫の姉も入るという。だから墓誌に刻まれる苗字もさまざまだが、緑に繋がるすべての人が入っているのだからまことに自然な感じがする。しかしそれとても、恐らくせいぜいで死んで数十年のことで、後はお骨は地面に返すというし、そのうちにすべてがわからなくなっていいのである。
 アメリカ人の、若い時軍人としても働かれた方と結婚した女性を知っている。二人の間には子供がなかった。先年ご主人が亡くなって、軍の墓地に葬られた。ほんとうに仲のよかったこの夫妻は、将来奥さんが亡くなると、軍の墓地のご主人のお棺の上に埋葬されることに決まっているという。
 「うわっ、尻に敷くことになるんだ」
 と私は一応慎みのない感想を洩らしたが、ほんとうに羨ましいような、心から安心したような気分になった。未亡人が自分の死後のことなど全く心配せず、ご夫婦は再び二人だけで寄り添って暮らすことになるのである。
 アメリカは、軍人墓地を実によく管理している。ノルマンディーの上陸作戦で、戦死した人たちの軍の墓地を訪れたことがあったが、墓標には鳥の糞一つないほどに掃除されていた。五時の閉門の時になると墓地の中にはアメリカ国歌が流れ、私たちのような訪問者が出て行くのを、墓地の管理者が見送って「訪ねていただいてありがとうございました」と一々礼を言って送り出した。これがまともな国家の、国民に対する遇し方というものだろう。
 私のようなことを言えば、どの人のお骨もいつかは散逸して大地に還るものなのだが、埋葬に伴うすべての行為は、死んで行く当人と、周囲の人たちの、数年間の慰めのためだけのものだ。生きている人が、安心し、ほっとすることはいつでも大切なのである。
 



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