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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 日本国?ここをはっきり言わないと…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 182  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/10/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   いつか或るところで、国旗と国歌を学校で教えることに反対の先生の理由を聞いた。
 日本がもっと立派な、誇れる国になってから、国歌と国旗を認めたいというのである。
 私は一瞬困惑した。私のようにあまり途上国に行ったことのない方なのだろうから、仕方ないのかもしれないが、あまりにも実態を掴んでいない認識なのである。
 日本は総理に指導力がなかろうが、銀行が堕落していようが、官吏が天下りをしようが、世界的なレベルでは実に立派な、誇るべき国なのだ。
 まず飢えている人がいない。病人が道に放り出されていることもない。警官や裁判官の多くがやくざと繋がっているということもない。失業率が四パーセントを超えているとは言っても、たった四パーセントである。大学出も普通の男たちも、ほとんど働く場所がない国なんかいくらでもある。
 水は安心して飲める。どの水も飲めるだけでなく、それで風呂に入り、水洗トイレを流す。電気もガスも電話も、今日は故障で使えないなどという日はない。鉄道は時間を守ることで有名であり、郵便は時々年賀郵便を捨てるアルバイトさんがいる程度で、普段は確実に届く。地震があっても被災者はとにかく即日食べるものを配られる。何よりもすばらしいのは、誰もが国民健康保険の制度で守られていることだ。
 皇室も堕落していない。亡くなったダイアナ妃のような、夫以外の複数の男と関係を持つような人も皇室のメンバーにはいない。どなたも学問を愛し知的で質素である。世界の王室の中で、優等生中の優等生だと言ってよいだろう。
 義務教育は百パーセントに近く、自国の生産品は世界的なレベルを保ち、国民にやる気があり、国内に数億挺の銃があるということもなく、兵器の輸出で儲けてもいない。
 総理は凡庸。政治家は大臣か総理になること、役人は天下りの先ばかり考えている、というけれど、役人皆が賄賂を受け取っているわけではない。総理は皆庶民的な暮しをしている。歴代の総理の中では田中角栄氏が一番の金持ちだったと思うが、それでも娘の代になると、もう邸を切り売りして税金を払わねばならない。役人の汚職だって決していいことではないが、たかがほどほどのマンションに大理石の風呂を入れたとか、ゴルフの接待を受けたとか、というていどだ。
 何よりすばらしいのは、義務教育の制度が行き届き、現実にそれをほとんどの人が受けられるということだ。こんなことは夢のまた夢という国はいくらでもある。
 二代目の政治家は多いが、総理大臣の親戚が、すべての要職を独占するということもない。時々いかがわしい人も事件も起きるが、日本はやはり世界一誇るべき国だろう。こういうことをはっきり言わないと、生徒も先生も、判断が狂ってしまうのである。
 



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