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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 威張る人?単純で無神経、性格も弱い  
コラム名: 自分の顔相手の顔 64  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/07/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   久しく会わない男の友人に会ってちょっとした仕事をいっしょにしたら、何だかやたらに威張る人になっていた。もちろん我々はどこから見てももう若くはないのだから、若い人に何かをしてもらうこともある。しかし年上だからと言って、どうしてこんなに威張ってものを言い、お礼も言わないのだろう、と少し悲しくなった。
 普通こういう場合、この人は長い間、他人にお辞儀をされたり、恭(うやうや)しくされたりしていたから、威張る癖がついたのだ、と我々は判断する。しかし、この間、威張る人の予備軍とでも言いたいような若者を見た。
 人事院では毎年、新人たちの研修会を泊り込みで行っているという。いわゆる霞が関のエリートたちの卵に対する教育である。そこで話をするようにと言われたのである。
 昼過ぎの講義時間だったので、私は自分の学生時代を考えて同情した。私は大学時代によく居眠りをしたものであった。講義をばかにしていたのではない。一生懸命に聞いていると、純粋に生理的に眠くなったのである。それが突然三十代から眠くなくなったのだが、理由は全くわからない。
 そういう思い出があるので、私は「お眠りになる方はどうぞ」と言った。
 その途端、全く素早い反応が見えた。一番前列にいた青年が、いきなり机の上にがばとつっぷして昼寝の態勢を取ったのである。
 私の周りには、学校の先生がたくさんいるから、いかに最近の学生たちが講義を聞かないかをよく話してくれる。私自身、もう二十年くらい前に、成人式の講演に出て、その時も気の毒になってしまった。七、八十パーセントが聞いていないのである。キモノが気になる。隣の人と喋る。途中で出て行く。途中からふらりと入って来る。
 その時、私がしみじみ感じたのは、聞きたくない人に講演など聞かせるのは一種の罪悪だ、という単純な現実であった。それ以来、成人式の講演には出ないことにした。
 若い人と接する時はあまりないので、講演の間中、ずっと彼らを見てしまった。もちろん九十パーセントは我慢してだろうが、聞いていてくれる。しかし明らかに本を広げて読んでいる人もいる。眠らない前から、がばと睡眠の姿勢を取った前列の青年と共に、こういう若者は躾(しつけ)が悪くて、甘いのである。とうてい公僕という接客業には向かない。市民は我々の税金でこんな態度の悪い官吏を飼う気はない、と言うだろう。
 眠っても、他の本を読んでもいいのだ。その場合、相手にわからないようにやるのが、知恵のある人のやり方である。読みたい本があるなら目立たない後の席に坐る。眠る時も、できれば起きているふりをして眠る。そんな単純なこともできない無邪気な人は、今に必ず威張る官吏になるだろう。なぜなら、威張る人というのは、性格が弱いか、単純な性格の人と相場が決まっているからである。
 



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