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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 酒を買う子?売る人を罰するだけでいいか  
コラム名: 自分の顔相手の顔 410  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/02/20  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   コンビニでアルコールを買って飲んだ女子高校生が、バイクを道路際に激突させて死亡した。小説家としてはこの少女が、どうしてアルコールを飲みたがるようになったのかについて、その裏に隠されている事情を何も知らないのだから、何とも言えない。私自身の体験としても、幼い時、若い頃には、生活上の悲しみをうまく処理できない。そんな時、私はたまたまアルコールには依存しなかったが、爪を噛むのがやまらなかった時期があった。それで私の爪は変形してしまった。
 しかしその少女に酒を売った店の店員が処罰されたことには、ほんとうに非教育的なものを感じる。そして時代は実に大きく変わったものだと思う。
 昔、泣きながら大酒飲みの父親のために酒屋に酒を買いに行く子は「孝子」であった。今は「孝子」を「たかこ」と読まれかねない。孝行な子供を指す孝子という単語は、私のワープロの漢字転換機能になかった。
 酒屋の親父も薄々その事情を知っていた。僅かな金は、母親が着物を質に入れて得たものだろうとも推察されたし、その家では、本当は酒より米を買わねばならないのではないか、ということも察していた。だからこそ、酒屋の親父は黙って子供に酒を売り「気をつけて帰りな」と言ったのだ。当時の子供は、今の高校生よりはるかに人生の苦しみを知った大人であった。
 今は、未成年なら孝子にも酒を売らなくなったのだ。
 私は酒は料理に使うだけで、普段は付き合いの乾杯以外ほとんど飲まないが、それでも酒が悪いものだとは思ったこともない。酒を楽しく飲み、健康にも魂にもいいものとするか、それともさまざまな形で身を滅ぼすような飲み方をするかは、当人の問題である。未成年だから酒の飲み方が判らないなどということはない。バイクに乗る方が、酒を飲むよりずっと複雑な心理的知識的操作が要る。
 包丁を売る人に責任をおしつけていいのか。包丁で料理をするのも、人を刺すのも、共に当人の責任で、刃物屋の判断することではない。そんなことを言っていたら、自動販売機はやがてすべてその存在を否定されるだろう。アルコール類が自由に買えるようにしておくのが悪い、というだけでなく、ジュースやコーラまで無制限に売るシステムを作ったから、うちの子供は糖尿病になったと訴えられるケースが今に出るだろう。
 お父さんの代わりに酒を買いに行く子供があり得なくなれば、児童虐待もなくなり、児童の権利も保証されるという。しかしそれによって教育的な面は明らかに後退した。いつまでも過保護で、人のためには少しも働かず、すべての責任を他者に押しつける性癖を持った子供ができる。
 それでもなお、現代は、自分が悪人になりさえしなければいいという判断を取る。大人も子供になったのだ。
 



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