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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 感動的な詐欺?それでも緑のために働きたい  
コラム名: 自分の顔相手の顔 354  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/07/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今年、私たちは盲人や身障者や高齢者たちと一緒にイスラエルに旅行し、エンカレムという土地で、記念のために植林をした。
 それはなかなかよくできた感動的な儀式だった。或る人の名において木を植えるというのは、大変名誉なことであること。その植林の運動を主催する「ユダヤ国民基金」は、百年前に創立されたこと。彼らは荒地を買い取り、離散のユダヤ人を祖国に迎えるために木を植えたこと。今この周囲に見える木は、すべて百年の間に植えられたことなど、すばらしい話を私たちは聞かされた。
 私たちに配られた「植樹の祈り」の紙は、日本語版まで用意されていた。そして私たちは「主よ、あなたの地を喜び、あなたの善と、憐れみをその上に及ぼしたまえ。祝福の露を下ろし、恩恵の雨を季節ごとに降らせ、イスラエルの山々とその谷々を潤し、全ての草木に水を与えたまえ。今日我らが御前に植えるこれらの苗木にも、同様になし給え」と祈ったのである。
 荒地はすでに開墾されており、適切な間隔を置いて浅い穴も掘られていたので、私たちは高さ二十センチ、ほどの苗にそれぞれ名札をつけて植えた。自分の名前ではなく、亡き夫や、愛する娘の名をつけた人もいた。
 植樹をしたのは私たちだけではなかった。アメリカ在住のユダヤ人たちの旅行団は、もっと深い思いをこめて、苗を植えたであろう。祖国が自分の植えた苗で、千年もの間、縁を豊かに保つことを心から希った。そのために一本の若木を植える諸費用として十ドルを払うことなど、少しも借しいとは思わなかった。
 ところがその苗は千年どころか、翌日には引きぬかれて捨てられ、その同じ植林用の土地は、すぐ次の観光団に廻された、と土地の新聞は報じたのだ。全く、すばらしい詐欺である。老人ホームを食いものにしたり、知恵おくれの子供たちの施設の金を使いこむ人は時々いるが、神さまからユダヤ人の悲運まで引き合いに出した詐欺は珍しい。
 もっともユダヤ国民基金は言いわけに忙しいようだ。怠け者の労働者が中に混じっていて、ここのところの日照り続きに若い苗に水をやることを怠ったに違いないと発表し、もともと暑くて岩だらけのエルサレム付近の土地では、十本のうち六本の苗木はすぐに枯れるものだと言ったりしている。水やりについては私もそこにいた人に聞いたのだが、植えた後水をやる必要はない、ということだった。
 しかし結論を言えば、私はこうした人の心を踏みにじるような詐欺事件が起きたことにむしろ感謝している。日本人には、このような詐欺は想像できないのである。
 しかしすべてのことは疑わなければいけない。植えた人が後々まで見張ることのできないNGOの植林など、最も詐欺のしやすいものだと言うべきかも知れない。ただ詐欺と植林とは別のものだ。私たちは詐欺に遭わないようにして植林のために働けばいいのである。
 



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