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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 首相の夏休み?権力や財力を羨ましがるな  
コラム名: 自分の顔相手の顔 364  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/08/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   イギリスのトニー・ブレア首相が妻と四人の子供たちを連れてイタリアに夏休みに行った。この人は、マスコミを意識してのことか、それとも家族の自然な役割分担なのか、いつも公衆の面前では、生まれたての息子を抱いている。写真では、レオという赤ちゃんは、帽子を目深にかぶせられてはいるが、素足のままで、父親の手の中で眠っている。
 ところがこの一家は、空軍の飛行機で休みに出掛けたというので、保守党から非難を浴びた。
 首相一家が使ったのは、BAe146という飛行機で、これはエリザベス女王やその周辺の人々を乗せるのに使っているという。
 首相官邸は、首相が空軍を使ったのは、保安のためで、もう何年もの長い間、前任者のジョン・メイジャーもマーガレット・サッチャーも同じようにしていた、と返答している。しかも首相一家は、普通の飛行機を使って旅行する場合と同じだけの飛行運賃を払った、と反論している。
 しかし保守党側は、ブレア一家は、国民の税金を約六百五十万円前後もこのために使ったと言い、しかも彼は妻と子供たちを「王室ふうに」させていた、とまで非難した。
 私も人間が小さいから、公私の別を神経質なくらい分けるのが好きだが、時にはそんなことをされると面倒で困ることもあるのだ。
 首相一家の夏休みは公務である。どこへ行こうと自由、行き先も知らせないで済む、というわけではない。何かあったらただちに首相は公務に復帰しなければならないのだから、夏休みも勤務中と見なして当然だろう。それにもし首相一家六人が、その護衛、秘書団などと共に一般の飛行機に乗られたらたまったものではない。ファースト・クラスやビジネスクラスは占領され、護衛のSPが空港をうろうろし、荷物の検査は普通の倍かかり、一般の夏休み客はうんと迷惑をかけられる。だから首相一家は別ルートで、できれば空軍基地などからでかけて頂いた方が、一般の人にはいいのである。
 何でも権力者はいい思いをしている、と思うのは大きな間違いだ。
 一番ぜいたくなのは、自分の自由になるお金で、好きなことをすることだ。誰からも文句をつけられることがない。恐ろしいのは、人の金を使った時だ。
 自分のお金なら、秘密な保養も、リゾートでばか騒ぎも、ひたすら山に登ることも、電話のない場所でキャンプをすることもできる。私たちは皆自由人だが、首相や大統領は二十四時間奴隷だ。政治家という人々はその点がわからない、という異常さを持っている。しかし同情することもない。彼らこそ好きでその道を選んだのだ。
 正義の感情というものはないと困るのだが、あり過ぎると人間を硬直させる。権力と財力とは、あればあったで、必ず毒を持っている。別に羨ましがることもない。私たちは与えられた範囲で自分が自分の主人として時とお金を使うのが最も幸福なのである。
 



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