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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 希望の光?数万キロの距離を超え…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 134  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/04/07  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   夜遅く家のファックスが、何度も音を立てては途切れた。誰かが何かを言いたがっているのだな、と思いながらそのまま寝てしまった。翌朝早くところどころ字のかすれて読めない数枚の通信が入っていた。
 ボリビアの「アンデスのテレサの家」という精神薄弱児の施設からである。
 「日本のあなたがたからの多額のご寄付を大きな喜びと共にお受けしました。この国で、今日まで肉体的、精神的、社会的に微かな希望の光を受ける機会もないままにいた子供たちに対して、これから私たちは毎日の仕事を続けることができます」
 十人の子供たちの受けている肉体的精神的な障害は、一つではないという。私たちのやっている小さなNGO(海外邦人宣教者活動援助後援会)は、その子供の家のために年間二万五千ドル(約三百三十万円余)の運営費を送ることにしたのである。
 私はその施設を訪ねた時のことを忘れられない。ボリビアのサンタ・クルスから二十二キロほど離れた郊外であった。そこは木々を渡る風の声に包まれていた。
 子供たちは手当ての結果肉体的な病気を直し、訓練の結果多少のルールを覚えるということはある。しかし彼らに完全な回復は望み難かった。知恵遅れだから親に棄てられた子もいる。施設で風の音がよく聞こえたのは、子供たちが運動能力も劣っていて、静かに椅子の中にいたのと、ほとんど言葉を発することもなく無言だからであった。
 彼らの世話をしているのは、つんつるてんの修道服を着て素足にサンダルをはいた三人の修道士たちであった。ボリビア人は一人もいなかった。三人はコロンビア人とペルー人であった。
 「皆さん方は、何という修道会に所属していられるのですか?」と私は尋ね、彼らが「『神の摂理の修道会』です」と答えた時、思わず涙が溢れそうになった。
 この修道士たちは、彼らが若い時、こうした回復の希望もない子供たちを一生引き受ける仕事に就くなどとは思っていなかったかもしれない。しかし彼らは結果的に、こうした仕事に携わるためにここに集められた。彼らはそれを「この仕事をしなさい」と神に命じられたと感じていた。それが神の摂理であった。それを神は喜んでおられる、と彼らは信じていた。なぜなら彼らは、一つの単純で明快な命令を神から受けていた。
 「愛しなさい。なぜなら、彼らは(子供たちは)存在しているのだから」
 かすれたファックスの手紙の一枚には次のような言葉が辛うじて読めた。
 「神が奇蹟をもたらし、私たちに手を差し延べてくださる総ての人たちに、祝福をお与えくださるように、願っています」
 ボリビアのもの言わない知恵遅れの、只微笑することしか知らない子供たちと私たちは、こうして数万キロの距離を超えて結ばれていたのである。
 



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