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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食べ物?調理をしない世代が重なれば  
コラム名: 自分の顔相手の顔 123  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/03/02  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   少し前のことになるが、テレビを見ていたら、結婚して子供を産む前はタレントさんだったというきれいな女性の新婚家庭が紹介されていた。今だってすてきなスタイルの人だったが、子供が生まれる前からみると、十何キロだったか太ったのだという。
 私くらいの年になると、細いということはしばしば命取りになる。病気をして手術をするようなことになると、肉の貯蓄がないと危機を乗り切れない。膨大な財産があり過ぎるとお金に縛られて堕落するが、少々の貯金はあった方がいいというのと、よく似ている。
 しかしその昔タレントさんだった女性の食生活を見て驚いた。カボチャの煮たもの以外はすべて冷凍食品である。そのカボチャも材料は冷凍である。生のカボチャを切るのはけっこう力の要る危ない仕事だから、私ももっと年をとったら冷凍のカボチャを使おうと思っているのだけれど、この方はまだ若くて力も溢れている。子供の朝ご飯もホットケーキだが、それも冷凍をチンしたもの。旦那さまが早く帰れる時には、おかず売り場でおかずを買って来てもらう。
 証拠はないけれど、私は最近の世相が病んでいるのは、すべて食べ物と深い関係があるような気がしてならない。肉体の病気とも関係があるだろうが、それより精神の病的な要素と深い関係にあるように思えてならない。
 私たちは食物によって一種の生命を食べているのだが、冷凍食品や既成の食品には、生命が稀薄だろう。昔、六人のグループでサハラ砂漠を縦断した時、私たちは毎食毎食生のタマネギを食べていた。タマネギだけが、十日近く保存できる唯一の野菜だったのだが、そのおかげで誰一人体調を崩さずに一カ月近い旅行を乗り切った。それ以来私はタマネギ教の信者になった。
 多分このきれいなタレントさんは、お母さんの作った手料理をあまり食べなかった人なのだろう。私など、福井県の田舎に生まれた母に、小さい時から、つましく、合理的で、おいしい家庭料理を毎食食べさせられ、作り方を教えられた。毎食毎食、調理をすることで、私は生活というものの基本原則を知った。もちろん時には手抜きもするし、体に悪いこともするが、生きるとはどういうことかをいわば「訓練」された。
 昨日もマーケットに行ったら、タラの白子の新しいのがあった。東京では「きくこ」という。菊の花のような形がくっきりと崩れていないのが新鮮なのである。それを薄甘いおつゆで煮た。これも手抜き料理の一つで、五分もかからない。今うちにはブラジルで育った女性が家事を手伝ってくれているので、その人に、ブラジルにはなかった日本の味を食べさせるのも楽しみの一つである。
 調理をしない母からは、また調理をしない子供ができる。それが代々重なったら、どういうことになるのか、一種の恐ろしい空想科学ドラマである。
 



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