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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ぬくもり?トヨタの寄金でいすゞを買う  
コラム名: 自分の顔相手の顔 184  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/10/20  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日、私が働いている海外邦人宣教者活動援助後援会というNGOは、全トヨタ販売労働組合連合会から五百万円の寄付を受けた。会社のお金ではない。経緯は知らないのだが、いずれにせよ組合の皆さんの、本来なら、いっぱい飲みたいお金、奥さんがブラウス一枚買いたいお金を、「惻隠の情」から差し出してくださったものだ。それにこれは免税を当てにした功利的なお金ではない。だからぬくもりもすばらしい。
 私はトヨタに個人的な知己もなかった。だから是非寄付をください、とお願いしたのでもなかった。一般的に言って、私たちのグループは今までどなたにも寄付をお願いすることができなかった。どこの家庭にも家計上のご都合というものがあることを知っているから、心理的に言い出しにくかったのである。
 むしろ私は、寄付をする側が事業の拡大を意図してはいけないといつも心に命じて来た。与えられただけのお金を、深く感謝して、一円の無駄もしない覚悟で使うことだけが、私たちに命じられた任務だと思って来たのである。
 一方、日本人のシスターたちは長年アフリカや南米の僻村に住み込んで、識字教育や、風土病の治療や、栄養失調児の給食や、乳児院の経営に当たって来た。自分たちも極度に質素な暮しをして、決してお金を無駄に使わない。私たちがせめてもできることは、彼女たちの仕事を背後で支えることあった。
 トヨタの方たちがお金を持って来て下さった日、私たちのNGOの運営委員会には、ちょうどコートジボワール共和国の田舎に住むシスターたちから、ブルーリ・アルサーという肉が腐って行く悲惨な細菌感染症の患者を運ぶ自動車を買ってもらえないか、という要請が出ていた。田舎では路線バスもないし、臭気を発している病人を土地のタクシーは乗せないだろうから、車がないと奥地から病人を搬出することもできない。
 何もこちらの事情を知らない現地のシスターたちは、地元で買えるということでいすゞの「ダブル・キャビン・クリュー・カブ」という車を申請していた。人間が四人乗れて、後が荷台になっている。普段はセメント、ジャガイモ、鶏を入れた篭、材木、人間、何でも積むのだろうから、これが質素で適切な車種の選択である。
 ちょうどトヨタから頂いたお金でこの車が買えそうなので、申請を受けることになったのだが、私はちょっとためらって言った。
 「トヨタから頂いたお金で、いすゞを買うことになりますが……」
 「どうぞどうぞ、そんなことは」
 何という気持ちのいい言葉だったろう。もし現地でトヨタの同じような型の車が手に入れば、そちらも考慮してください、ということにはしたのだが、もしかすると、今回はいすゞを買ったほうが、この「トヨタがいすゞを買う」お話は、人間的な優しさと寛大さを倍加して完結するのかもしれない。
 



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