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昨年「日経ビジネス」という雑誌の九月二十七日号に「特殊法人 破綻度ランキング キャッシュフローで見る官の商法の限界」という特集記事が出た。 私は経済に無関係なのでこの雑誌自体の存在を知らなかったし、もし見たとしていても、私の働いている日本財団(法律名は日本船舶振興会)に関係があるなどとは思わなかったろう。 リードの部分は次のようなものだった。 「国・自治体に次ぐ250兆円超の負債を抱えた特殊法人が、経営改善のあてもなく、なお税金を使い込んでいる。本誌が財務内容を洗い出したところ、実質赤字法人は7割に及び、年間の赤字総額は3兆7000億円に達した。既に旧国鉄のように破綻必至の法人もあり、民営化を急がなければ、破綻処理のための増税が待ってる」 そして日本財団は「赤字垂れ流し度ランキング」二十位の特殊法人に掲がっていたのである。 この記事が全く基本的な間違いを犯している理由は簡単だ。 税金や政府の補助金を財源とする他の特殊法人と違って、日本財団は一円の税金も政府からの補助も受けていない。財団の財源は、競艇の売上金の三・三パーセントである。 そもそも赤字というのは収入よりも支出が上回ることだろう。ところが「日経ビジネスは」財団の年々の財源の大部分を占めている競艇からの収入そのものを、すべて赤字とみなしているから、違う土俵で物を言っているわけだ。 記事は次のようにも書いている。 「特殊法人問題は何度も論議の俎上に上がったが、解決には程遠く、むしろ深刻度を増してきた。解決策を探ろうにも、各特殊法人の実態は闇の中にあり、個別法人に関する議論ができなかったためだ」 日本財団ではお金の出入りに関しての秘密など全くない。詳細な収支はブックレットに作って、新聞記者会見の度に毎回おしつけるようにして持って行ってもらっている。「日経ビジネス」編集部は記者会見に来ていないからだろうが、インターネットのホームページでも同じものを公開している。 http://www.nippon-foundation.or.jp/ 新聞に全紙広告を買って収支を発表したのも日本財団が初めてだろう。私はこの広告代が惜しくてたまらず、たった一紙広告代が発行部数と比較して高かった日経新聞には、初めのうち「載せなくて構いません。うちは経済界での権威なんて全く要りません。事実だけが正確に世間にわかればそれで充分です」と言っていた時代があった。今は料金を値下げをしてもらったので日経にも掲載している。 「日経ビジネス」は、この特集記事の意図を次のように書いている。 「そこで、本誌は1998年度の財務諸表をもとに、各特殊法人が事業により生み出すキャッシュフロー(現金収支、政府からの補助金などを除く数字)や税金投入額を算出した。 その結果、72の特殊法人のうち、52法人までが自らキャッシュフローを生み出せない『赤字垂れ流し法人』であることが分かった」 もう一度繰り返すが日本財団は政府の補助金はゼロ。税金投入など一円もない。 日本財団は、海洋船舶、国際援助、ボランティア支援、公益福祉などのためにお金を出しているが、お金を儲けてはいないのである。つまり老人ホームを建てたり、養護施設の屋根がダメになって来たからその修理費を出したり、車椅子用の特殊車両や入浴設備を載せた車を買ったり、マラッカ・シンガポール海峡一千キロに浮標や灯台を設置してその保全をやったり、ハンセン病の薬を全世界に配ったりはしているが、お金を儲けたり貯めたりする仕事をしているわけではない。財団が宅老所を作り、聴力障害者の太鼓グループを育成することでいささかでも収入をえたら、それこそ大スキャンダルだろう。 さらに記事は、 「この52法人は政府が面倒を見なくなった途端、即座に資金繰りに窮する。それ故、赤字垂れ流し度は特殊法人の破綻度を示している」 と書いているがこれも間違いだ。 日本財団は、第一に政府に資金繰りの面倒は見てもらっていない。政府とは心理的、制度的に緊密で公的な連携の元に仕事をすることもあるが、同時に独自の判断で仕事をしている。 官と民は車の両輪 官は安定、前例、慎重、平等、公平などを重んじるのが当然だが、民はそうであってはならないのである。前例や慎重さよりも冒険を恐れず、安定や平等より必要なところに集中的に金を回し、公平よりは効果を重んじてもいいのである。 第二に私たちの財団が官と同じことをしていたら存在意義がない。その補完的業務をすることこそ特殊法人の任務である。官と民は本質的に対立するように言う人もいるが、それではほんとうの仕事はできない。どちらも必要な存在で、車の両輪のようなものだ、と私は言っている。ただどちらかの車輪が不当に大きくても車は曲がって真っ直ぐ進めないことを常に認識しているべきだろう。 私は素人だから、この「日経ビジネス」のような的はずれの記事を書く編集部に対して、どうしたら「赤字垂れ流し」と書かれないで済むかを、玄人に教わることにした。 ある経済記者は記事に目を通して笑った。 「つまり受けたお金は公益の補助金なんかに廻さないで、できるだけ貯め込むんですな。使う分は少数の身内でシコシコ分ける程度にしておけばいい。その時にはボクを理事にして下さい」 私が「日経ビジネス」の記事を見たのは、十月の初め。それから私はアフリカに出て、帰国したのは十月十八日だった。既に各雑誌の新年号の締切の特別日程は始まっていた。私は九本の連載の他に新年号の文芸雑誌の小説もあったから、寝るひまも惜しんで仕事をした。 私は疲れ果て、もうメンドウくさいからあんな記事は放置しておこうと内心思っていたが、暮れ近くになってから、反論を書くべきだと言ってくれた数人の経済人がいたことを知った。「日経ビジネス」のような雑誌に載った記事に、間違いを放置するのはいけないと言うのである。 「日経ビジネス」は反論の頁を提供するとは言ったが条件づきだった。掲載の決定は編集部がするという。それは一種の検閲だから、私は書くのを避けた。 個人的には、私はフマジメな会話や人が大変好きだけど、記事だけはマジメに調べて書いてください。
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