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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ポケモン騒動?テレビ局が責任感じる必要ない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 106  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/12/22  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   テレビのアニメ番組「ポケットモンスター」を見ていた全国の子供たちの中で、計六百八十五人が気分が悪くなった、と十二月十八日付けの朝刊は報じた。その後も人数は増えているかもしれない。場面の中に激しい青と赤の閃光が、眼にも止まらぬ速さで繰り返されたそうで、それは写真のストロボに相当するのだという説明もある。
 私はこの番組を見ていないので、続けてください、とか、あんなものやめてしまえ、とか言う資格はないのだが、幼稚園の頃は江戸川乱歩の『少年探偵団』や『怪人二十面相』が怖かったものだ。あれを読んだ晩には、怖くてトイレに行けない。しかしそのうちに架空世界のことはバカにすることを覚えた。絵空事と現実は違うという認識である。
 いい年になってから、ローラーコースターに乗る羽目になったこともあった。これは私の実人生ではなく、架空世界ではあるのだが、受ける感覚は現実で、やはり相当な衝撃である。
 ところが私はすぐに狡いやり方を覚えてしまった。ローラーコースターは、眼をつぶれば何ということはないのだ。もちろんそれではおもしろさはなくなる。しかしあれは乗った以上、個人の希望で途中で止めてくださいとは言えないのだから、そうして何分間かをごまかして、私はにこにこして下りて来た。それで年寄りの割りには強い、ということになったのである。ズルして人生を生きるこつを、いつも考えて来たおかげである。
 結論から先に言うと、テレビのように消せば簡単にその内容を自分の家からシャットアウトできるものに、テレビ局はそういちいち責任を感じる必要はない。子供が一度ひきつけを起こしたら、その家庭ではその番組を見せなければいいのだから、自然に悪い番組として淘汰が行われる。わずか千人以下のクレームのために、番組を消滅させることなど、全く必要ないだろう。
 テレビを消せない、というのは親が弱いのだ。私は長い間、テレビを自宅におかなかった。私の家の息子も、当時、相当頑固に抵抗したが、私たちは「どうぞあなたが自分でテレビを買えるようになったら、局の数だけ機械を買って一度に好きなだけごらんなさい。でもここは親のうちですから、親の好きなようにします」と平然としていた。
 危険、または「侵入するもの」、の多くは自分で防がねばならない。もちろん大気や水の汚染とか、インフルエンザとかは、社会的、国家的に防がねば、個人では不可能だ。しかし有害だと思われる番組一つ、自分で防ぐ決断や才覚を育てない教育の方がずっと怖い。
 こういう空気を残すと、今に、あの女優が嫌いだから胸が悪くなった。蛇が出たから吐き気がした、というような理由でテレビ局を訴える人が続出する。テレビを消すという誰にでもできる防御法がある以上、放置するのがむしろ良識である。
 



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