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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 仕事の使命?この人々を忘れてはならない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 162  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/07/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   七月の満月は十日。その日に私は世にもぜいたくなお月見をさせてもらった。東京湾上で、残土やゴミを棄てるための海面処分場を建設している、東亜建設工業のデコムと呼ばれる作業船の上で月を見ることを許されたのである。
 長い年月、土木の現場に入れてもらって、作業の邪魔になるだろうとこれでも肩身の狭い思いをしながら、ダムや隧道や高速道路の作業を見て来た。どれだけ見ていても飽きない仕事であった。この三種の現場は、都会から離れている場合が多い。働く人たちは家族とも別居し、仕事の使命を信じて、今日の日本の基盤を作ってきたのである。
 私たちは毎日ゴミを出しながらそれがどこに棄てられるかをほとんど考えたことがない。考える時は、「うちの村(町)にゴミ処分場を作るのだけは反対」ということだ。しかし誰かがどこかに処分場を作ることを計画しなければ、東京でなくてもどの町も数日で汚物の山になり、悪臭は立ち込め、間もなく伝染病が発生するようになる。
 東京では、東京湾内に残っているこれが最後の水面だ、という場所にゴミ処分場を作っている。私は橋や護岸工事については勉強したことがないので、現場を見るまでは、海の中に人工的な地面を作ってその上にゴミを棄てるのだと思っていた。しかしそうではなくて、ゴミは海中に棄てるのである。
 とは言っても、単純に棄てるのではない。完全な止水壁を作ってその中に棄てる。投棄物が海中に入れば、その分汚染した水が溢流する理屈だが、汚水はすべて完全に浄化してから外へ出す。これで二〇一〇年くらいまでの東京のゴミは何とかなるだろう、ということだが、その先は見えていないのだ。
 止水壁を作るには、適当な浅さの海底の軟弱地盤にサンド・コンパクションと呼ばれるやり方で砂を入れる場合もあれば、セメント系硬化剤を水と混ぜたものを攪拌しながら入れて、そのセメントが固まることで海底の基盤も硬くなるようにする場合もある。地盤が硬くなれば、基礎捨石を置いた上にケーソンという巨大な箱を曳航して来て据え、完全な分厚い止水壁ができる。
 東京湾上には実にこうした作業船が何隻もアンカー(錨)を入れて作業を続けていた。プロペラ・シャフトもスクリューもない作業専用船である。頭上を数分おきに羽田に発着する飛行機が轟音を立てて通り過ぎた。
 山奥ではないが、こうした現場を見る人は関係者以外皆無と言っていい。現場は事故防止のための警戒水域に指定されていて見張り船が置かれているくらいだから、遊びのモーター・ボートや漁船が来ても、域外に退去を要請される。陸上の現場と違って、犬の散歩のついでに、現場の作業を部外者が見るということもないのである。そういう目立たないところで、黙々とゴミを処理するための作業が続けられていることを、私たちはやはり時々は考えるべきだろう。
 



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