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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: クラブ?排他的だが“お好きなように”  
コラム名: 自分の顔相手の顔 110  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/01/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   シンガポールには、英国領時代にはいわゆる白人しか入れなかったクラブがある。
 独立と共に、そういう人種差別的・排他的なクラブは許さないということになって、今では、白人だけなどというクラブはないけれど、それでもアジア系のメンバーが半分以上になるのは望ましくないから、という動議がなされることはあるという。人口比から言ったら九〇数%がアジア系なのだが。
 私の家はそういうクラブになど、一つも入っていないけれど、土地の友人が時々安くておいしいし、おちついて食事ができるからというので連れて行ってくれると大変嬉しい。
 昔東京で、アメリカン・クラブに入らないかと言ってくれた人がいた。どうして私たちがアメリカン・クラブに入るのか、私には筋が通らないと思えたが、夫もそれを聞くと「ボクはアメリカ人ではない。女房も日本人だから、アメリカン・クラブに入る必要はない」と笑っていた。
 実を言うと私は、クラブというものはゴルフのクラブであれ、社会奉仕を目的とするものであれ、経済人のクラブであれすべて排他的なものなのに、そのことに世間は気がつかないのか、気がついても何も言わないのをむしろ不思議に思っていた。
 そういう現状を見れば白人だけが集まりたいのなら、そうすればいいのに、と思っている。そうすれば、アジア系の特権階級は別の場所にもっと立派な華人クラブを作るだろう。イギリス系のクラブの「ザ・チャーチル・ルーム」などという食堂は聞くからにまずそうだが、華人たちが中心になってクラブを作れば、その食堂はすばらしくおいしくなるに決まっている。でも夫は再び「僕は日本人だ。女房も華人ではないから、華人クラブは遠慮する」と言ってクラブのメンバーにはならないだろう。本当の理由はつまりケチで、クラブの入会金や会費を払うのがいやなだけなのである。
 人間の中には、必ず排他的な心理がある。人は必ず誰かに好かれ、誰かに嫌われている。それをいちいち気にする必要はあまりないように思う。嫌われている人の心はあまり乱さない方がいいから、それとなく遠ざかり、自分と気が合うと言ってくれる人と感謝して付き合う。それが自然ではないかと思う。嫌う相手に好きになれ、と強制する方が、私は惨めで浅ましくていやだ。
 社会的にあまり不公平にならない程度のことなら、人はしたいことをしたらいい。クラブに権威を感じる人はメンバーになるために努力するだろうし、私のように社交が嫌いだったり、夫のように会費を出すのを惜しんだりする人間は、クラブに入れなくても少しも困らない。
 私が連れて行ってもらった昔のイギリスのクラブは、館内で携帯電話を使うのを禁止していた。昔のクラブは公衆電話さえないおっとりしたものだったはずで、いい伝統である。
 



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