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著者: 寺島 紘士  
記事タイトル: アジアの海と海賊の脅威  
コラム名: 日本は海洋先進国になれるか  
出版物名: 外交フォーラム  
出版社名: 都市出版  
発行日: 2001/07  
※この記事は、著者と都市出版の許諾を得て転載したものです。
都市出版に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど都市出版の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 海賊事件が多発 ≫

 「海賊」と聞いても、日本ではピンとこない人が多いと思われるが、近年、その海賊事件が増加しているとともに、凶悪化、組織犯罪化してきている。国際社会が一致協力してこれに対応することの必要性が指摘されている。

 国際商業会議所国際海事局(IMB)の海賊年次報告書によると、海賊(武装強盗を含む。以下同じ)事件の発生は、一九九〇年代前半は世界で100件前後で推移していたが、一九九五年から増加に転じ、一九九九年には300件の大台に乗り、さらに二〇〇〇年は対前年56%増加の469件に達した(図1)。海賊事件の多発海域は、西アフリカ、マラッカ海峡、南シナ海、南アメリカであるが、二〇〇〇年で見ると、その六割強がアジアの海で発生していることに注目しなければならない。特にインドネシア25%、マラッカ海峡16%とこの二海域で四割を占め、以下バングラデシュ12%、インド7%、マレーシア4%とアジアの国々が続いている。増加傾向は二〇〇一年に入っても続いており、第1?四半期は対前年同期比21%増の68件の海賊事件が発生した。そのうちインドネシア23件(21%増)、マラッカ海峡9件(29%増)など63%が東南アジアで発生している。

 日本財団の調査によると、日本関係船舶の海賊被害も年々増加しており、二〇〇〇年は39件を数えた。うち56%の22件がインドネシア、マラッカ・シンガポール海峡で発生している(図2)。二月には、マレーシアのポート・ケランからインドに向けて出港したグローバル・マース号(3700トン、韓国人等18名乗り組み、パーム油6000トン積載)が海賊に襲われて積荷ごと船を奪われ、乗組員は小漁船に移乗させられてタイのプーケット島に漂着するという事件が起きている。

 

≪ A・レインボー号事件と海賊対策国際会議 ≫

 海賊がわが国で大きな社会問題として取り上げられるきっかけとなったのは、一九九九年に発生したアロンドラ・レインボー号事件である。10月22日、日本の三池港に向けてインドネシアのクアラタンジュン港を出港したA・レインボー号(7700トン、日本人2名を含む17名乗り組み、アルミインゴット7000トン積載)が海賊に襲われ、消息不明となり、乗組員は老朽船に移されて監禁された後、10日間救命筏で漂流し、タイの漁船に救助された。同船は、船名を偽造し、船体を塗り替えてインド西方を航行中のところを11月16日インド沿岸警備隊により捕捉された。

 一九九八年九月にも、インドネシアのクアラタンジュン港からアルミインゴット3000トンを積んで韓国に向かった日本船主所有のテンユウ号(2600トン、韓国人等14名乗り組み)が海賊にハイジャックされた事件があったが、A・レインボー号事件は、海賊に襲われたのが日本人船員、貨物が日本向けであったことから、日本人およびわが国の海上輸送ルートヘの脅威としてクローズアップされ、日本社会に大きな衝撃を与えたのである。

 この事件を受けて、小渕総理(当時)は、その直後マニラで行なわれた東南アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会議で海賊対策国際会議の開催を提唱し、二〇〇〇年四月、東シナ海からインド洋に至る東アジア諸国の海上警備機関と海運政策当局等のトップが一堂に会する海賊対策国際会議が東京で開催された。この結果、情報連絡窓口の設定による関連情報の迅速な交換、取り締まり強化と発生情報を受けた際の被害船舶支援、被襲撃船舶または海賊船の停船および拿捕、これらの連携協力、捜査共助、技術協力などに関する協力・連携め必要性を謳った「アジア海賊対策チャレンジ二〇〇〇」等が採択された。同会議では、東アジア諸国の海賊対策専門家会合の継続的開催も提案され、これを受けて11月、マレーシア主催の海賊対策専門家会議がわが国の支援のもとにクアラルンプールで開催された。

 このように二〇〇〇年は、史上初めて東アジア各国の海上警備機関による具体的な協力が緒についた記念すべき年であったが、前掲の海賊発生状況を見るかぎり、残念ながらアジアの海の海賊の跳梁を押さえるためには、なお一層の対策強化が必要である。

≪ 事件多発の背景 ≫

 海賊事件は、なぜ一九九〇年代半ばから増加して現在に至っているのだろうか。特にアジアに注目してみると、次のような事情が見て取れる。

 20世紀半ば以降に独立した国の多いアジア諸国では、政府の管理が海上部分に十分及んでいないところが多い。また、冷戦崩壊に続く20世紀最後の10年間は、世界的に分権化へ力のベクトルが働いて、民族、宗教その他異なる歴史、社会的背景をもつグループを内に抱える国の海上警備は一層手薄になっている。

 さらに、冷戦時代にパワーバランスを求めて世界の海に展開していた米ソの海軍力が、ソ連の崩壊、米国海軍の削減とともに20世紀末に激減し、結果として海上の不法行為に対する抑止力が減少している。

 また、一九九四年に発効した国連海洋法条約で領海12海里、群島水域等が制度化され、沿岸国の管理する海域が拡大したが、発展途上国でこれらを実効的に管理する能力をもっている国は少ない。国際海事機関(IMO)は海賊事件の86.5%は各国の領海内で起こっていると推測しているが、各国の海域の管理能力をどう高めるかは緊急の重要課題である。

 また、現代の主権国家が領域を重要視する結果、当局の海賊追跡は国境によって遮断される。特に、南シナ海からマラッカ海峡、アンダマン海にかけては国々の領海や公海が入り乱れており、このような地域の海賊対策の実効を上げるためには、地域の各国が連携協力してこれに取り組む必要がある。

 さらに、フィリピン、インドネシアなどの群島水域やマラッカ海峡沿岸には20世紀に至るまで交易と海賊に名を轟かせたいくつかの地域と海の民があり、現在の国の枠組みには収まらないこの海域の歴史的、社会的背景にも留意が必要である。

 アジア型の海賊は、貧しい民が日々の生業の一部として海賊を行なっていると言われ、マラッカ海峡などで夜間航行中の船舶にひそかに侵入して乗組員の部屋や倉庫から金品を盗み取ったり、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ、インドなどの港で停泊、錨泊中に忍び込み、売れるものを何でも失敬していく態様のものが多く、他地域の海賊に比べて暴力はできるだけ使わず、被害額も相対的に少ない、と言われてきた。

 ここ数年の動向をみると、海賊はインドネシアおよびその周辺海域を中心に増加している。人口2億人、多数の島からなる群島国家のこの国は、アジア経済危機とスハルト政権の崩壊以後、地方の独立運動などが活発化し、中央政府のコントロールが弱体化している。また、スハルト時代の社会、経済の仕組みが崩壊し、それに代わる新しい有効な社会、経済の仕組みがいまだ構築されていないことが、人々の生活を直撃している。

 IMB海賊通報センターのノエル・チョン所長は、海賊はロビン・フッドだという。海賊は、海上交通ルートに近いインドネシアの沿岸の村に根拠地を置き、その上がりを村人に分け与えている。もし、官憲が海賊を捕まえようとすると、村人が暴動を起こす恐れさえあるという。

  

≪ 危険な変化 ≫

 しかし、昨今のアジア海域の海賊には明らかに従来のものとは異質なものが混入してきている。口で言えば、凶悪化と組織犯罪化である。まず、銃やナイフで武装した海賊が増えて海賊に殺傷される人数が増加している。世界全体の数字ではあるが、2000年には72人殺され、26人が行方不明になっている。

 さらに憂慮しなければならないのは、組織犯罪グループH国際シンジケートの「海賊業」への進出である。近年の経済のグローバル化の進展と軌を一にして組織犯罪グループが麻薬、人、武器の密輸とともに海賊業を手掛けるようになり、さらに世界の海賊業グループが互いに協力ネットワークを張る犯罪組織のグローバル化が進行しているといわれている。

 A・レインボー号事件の際、メガ・ラマと名前を塗り替えた同船がインドの西方をペルシャ湾方向に逃走したのもこの間の事情を考えればうなずける。A・レインボー号事件のようなハイジャック型の海賊が目立つようになったのは一九九〇年代半ばからである。各国の領海や公海が錯綜する南シナ海、マラッカ海峡、アンダマン海などに出没し、船を強襲して乗組員を海に放り出し、積荷ごと船舶を奪う。船名を変え、船体を塗り替え、船籍や積荷などの偽造書類を用意し、積荷を売りさばく。さらに偽造書類でこの船舶を幽霊船(ファントムシップ)に仕立てて用船市場に出し、安値で用船契約を取って貨物を積んで闇に消える。このような大仕掛けで巧妙な仕事は、船舶や積荷の情報に精通し、強襲、運航、塗装、書類の偽造、貨物の処分などそれぞれの実行グループを有し、船体の塗り替えの基地や強奪貨物の荷揚げの便宜を確保しているきわめて組織的な犯罪グループでなければ不可能である。大きな船体の塗り替えなど人目に付く港での作業が必要なことから、地域を管轄する軍や公的機関の何らかの関与が指摘されている。

 最近ではハイジャック型の海賊事件の発生は、ひところより若干落ち着いているようにも見える。情報に聡い国際シンジケートが東アジアの海賊対策への地域的取り組みを見て、リスクの大きくなったハイジャックを当面控えて麻薬に重点を移しているという観測もある。

 しかし、もともとハイジャック型海賊は、船舶や積荷の情報を吟味してターゲットを絞る。その襲撃はいわば狙い澄ました一撃であって、国際シンジケートは船舶や取り締まり当局の隙を常に狙っていることを覚悟しておかなければならない。国際シンジケートが各国および国際的な海賊対策の情報に精通していることは、関係者が等しく認めているところである。アジア各国が一致協力して海賊対策を強化することにより圧力をかけ続け、海賊側のリスクを高めることが最善の予防策となる。

 このほか武装して船舶を乗っ取って積荷を奪うが、船舶はその後解放する国際シンジケートの仕業と思われる海賊も発生している。売却が容易で足の付きにくいガソリン、灯油などを積んだ中小タンカーなどを標的にして貨物の経済的価値だけを狙うこのタイプは、船舶に手を触れない分、リスクが小さい。

 

≪ 対策強化の重要性 ≫

 アジア経済危機の洗礼は受けたが、近年の東アジア諸国の経済発展は目を見張るものがある。このことは、今や世界の定期コンテナ航路の荷動き量の上位を東アジア?北米航路、東アジア?欧州航路、東アジア域内航路が独占していることを見てもよくわかる。コンテナ輸送だけでなく、石油・鉄鉱石などエネルギー・原材料輸送も活発であり、アジアの海上交通路は東アジア各国の経済発展に重要な役割を果たしている。その安全が脅かされるとなると、わが国はもちろん東アジア諸国にとってもその発展の基盤が掘り崩される大問題である。

 それゆえに、東アジア諸国は地域の共通重要課題として海賊問題に取り組み、わが国にアジア地域のよきリーダーとしての役割を期待している。わが国はこれに応えて、昨年スタートした東アジア諸国の協力ネットワークをさらに強化するため、合同パトロール、海上警備能力向上のためのキャパシティ・ビルディングなど協力の具体策をもってアジア諸国と協議すべきである。

 また、アジアの海上交通路で特に重要なマラッカ海峡については、わが国は利用国では唯一、沿岸国の要請に応えて、一九六八年から航路標識の設置・点検などの航行安全対策等に協力してきている。その主な財源は日本財団からのこの三〇余年間で一〇〇億円を上回る資金援助である。したがって、同海峡については海賊問題も航行安全問題の一環として総合的に対処するのが問題解決の近道と考える。

 マラッカ海峡の大半は、インドネシア、マレーシア、シンガポールの領海であるが、国連海洋法条約により国際海峡として船舶の通過通航の用に供され、そのかわり海峡の利用国は沿岸国と航行安全対策について協力することとなっている。近年沿岸国は、海峡の航行安全対策強化のため利用国が資金協力する仕組みづくりを求めており、マラッカ海峡のアジアの生命線としての重要性を考えれば、利用国はこの協力要請に耳を傾けるべきである。

 そこで、この問題および海峡の海賊問題等を総合的、かつ制度的に解決する仕組みとして、海峡の航路管理、航路標識の設置・点検・補修、航路警備、油流出事故対応などの業務を対象とする機構を沿岸国と利用国が協力して設置してはどうか。マラッカ海峡国際安全協力機構(仮称)の設立にわが国がイニシアチブをとることを提案したい。アジアの海の安全は二一世紀のアジアと日本の発展の鍵を握っている。
 

国際商業会議所国際海事局(IMB)のホームページへ  


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