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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 有珠山噴火?立派だった早めの予知と避難  
コラム名: 自分の顔相手の顔 324  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/04/05  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   有珠山が三月三十一日に噴火した。地元の人たちはどんなに予定を狂わせられ、経済的損失をし、疲労し、心労で眠れなくなり、という苦労をしているかと思うとお気の毒である。火山の近くには住まない方がいいわ、と言った人がいるが、そこが故郷なら、人間はなかなか離れる気にはならないものだ。
 しかし昔と違って今はいろいろな調査方法もあるのだから、これからは土石流が流れそうな地形を或る程度予測できるだろう。それを元に、広範に渡って住居建築不適当地域の設定をしてもいいかもしれない。
 もちろん、そこに住む自由はあるのだ。チェルノブイリには今なお放射能に汚染されて立ち入り禁止になっている土地にも、十数家族が住み着き、最も汚染が激しいというキノコやジャガイモを食べて暮らしていた。他に暮らせる場所がないからだろうが、人は自分で運命を選ぶ自由も持つべきだ。しかしその場合、悪い結果がでても文句は言わないことだろう。それが大人の選択である。
 ただ今度も居残った人がいて、その人のために自衛隊員が救出に行った。そんな危険をおかさねばならない自衛隊員のことはよく考えて、決定することだろう。チェルノブイリの汚染地区に住んでいた老夫婦は相当な高齢者だったが、別に事故の後で体調をくずしてもいないらしい。むしろ意気軒高で、堂々と私たちに金をねだった。高齢者なら寿命の先が見えているのだから、やたらに用心することもなく好きなように暮らすことがいいのだと、私はこの夫婦から教わった。
 有珠山の噴火はまだこの先どうなるかわからない。自衛隊は出動し、給食の手配はされ、トラウマを治す医師や心理学者の配置も考えられたという。それでもなお、避難している人は不満を持つだろう。体育館に寝ればプライバシーがない。うるさくて睡眠不足になる。風呂や洗濯施設も足りない。室温が低い。トイレの数が足りなければ便秘になる。パンやお握りばかり食べていれば、野菜不足になる。言い出したらきりがない。
 しかし日本は大した国だった。まず正確な噴火の予知をした。危険地帯の住人を避難させた。第二次噴火までに、死者は一人も出なかった。寒い夜だったのに凍死者も出さなくて済んだ。
 パンばかり配られたらうんざりはするだろう。寄せ鍋や塩焼きやおひたしが食べたくなって当然だ。しかし避難した人を空腹にさせないだけでも、偉大な組織力なのであり立派な国家形態なのである。地球上の多くの国では、これだけのことさえ国民にしてやれない。新聞は褒めるのがわりと嫌いだから、こういう見方をしないし、日本人の多くも賢いにもかかわらず幼児的で自己中心的だから、「おかげさまで命に別状なく、逃げられました」と感謝する人は、テレビの画面にあまり出てこなかった。
 代わりにたった一人でも私が感謝することにしよう。フィリピンの火山の爆発、バングラディッシュのサイクロンでは、住民は異変を知らされなかったから多くが死んだのである。
 



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