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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 介護費用?健康で働けることに感謝  
コラム名: 自分の顔相手の顔 52  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/05/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   有料老人ホームのうたい文句が事実と違うという問題があちこちで起こっているという。五月十四日付けの毎日新聞の記事によると、見出しは「24時間お世話→夜間警備員だけ。終身介護→相部屋の病院に」とあるから大体は想像がつく。「死ぬまで面倒を見てくれるというから3000万円も払ったのに、介護が必要になれば別の施設に移される。これでは詐欺的商法と同じだ」と怒りを募らせている老人たちの実態が報道されている。
 老後の設計はほんとうにむずかしい。老人ホームに入ってすぐに死ぬかもしれないが、百歳まで生きたら、おめでたい代わりに経済的予算が狂うことも当然である。
 決して悪徳有料老人ホーム経営者の肩を持つわけではないが、三千万円で24時間の介護を当てにする老人の方にもいささか甘さがあるだろう。そんなことは不可能だということは、計算してみればすぐわかることだからだ。
 私は三人の親たちを、病院に入れず、自宅で見送ったので、その実態を今でも覚えているのだが、二十四時間のお世話ということがどれほどかかるものか、体験がなくとも少し調べればわかることだ。一人の付添いが、二十四時間お世話をできるわけがない。身内の、実子なら、老人の病状によってはそれに近い看護も可能かもしれないが、職業としての付添いは、少なくとも昼夜は交代しなければならない。今人を一人雇ったら、食費・雑費・交通費など含めて、月三十万はかかるだろう。もし24時間お世話を完全にするとなったら、月六十万要る計算になる。寝たきり老人二人に対して一人の付添いを24時間つけるとしても、一人の老人の24時間介護費用は三十万円になる。三千万円はすべて介護費用ではない。仮にそうするとしても、八年余りの費用にしかならない。
 何とかしろと言っても、若者の数が減り、収入のない老人人口が増えれば、税収も少なくなるから、どうにもならないのである。
 有料老人ホームに暴利を許すわけではないが、すべての事業は少しうま味がないとなり立たないし続かない。老人ホームも同じであろう。それを許さないと、誰も老人ホームの経営を引き受ける人などなくなるだろう。ただし高齢者は抵抗や抗議をする力もなくなるので、国家や社会や家族が、少し目を光らせてほしい、ということは当然である。
 私はまだ若い年寄りだが、毎日、今日まで健康で働けたことを感謝している。そしてできれば、病気や弱っている人の分まで一日でも長く働かせてください、と祈るようになった。「受けることと要求することは市民の権利だ」という戦後の教育思想が、三千万円でどれだけの介護費用が捻出できるか、という現実的な計算さえもできない老人を作った。
 人手も国家予算も足りない、という人口減少の現実を打破する方法は、健康な年寄りはもう少し働くのが当然という気風を作るほかない。
 



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