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関西に行ったら、同級生たちが口々に地震の体験談をしてくれた。東京に長く住んで、地震馴れしているはずの友達が、部屋が前後左右だけではなく、ねじくれるように動いたので、これは地震ではなく地球の終りだと思ったと言う。 私たちの学校にはおかしな伝統的気風があって、ハンドバッグなんかそこそこの安物でもいいのだが、食器だけはちょっといいもので食べたい、という人が多い。それに加えて私たちの年になると、もう老い先も短いのだから、お客用だなどと言って上等の陶器をしまっておくのをやめて、毎日使うことにしていた人がけっこういた。そんなふうにして食器棚に入れてあった食器は、地震の瞬間、横に吹っ飛んでほとんど割れてしまった。 しかしそれにめげている人は一人もいなかった。残った食器は、向こう付けが二個、小皿が三枚、中皿が一枚、と言った惨状だった。しかしそれを見て、私の友人の一人は考えた、と言う。 もう夫も亡くなって、大勢のお客をすることもない。妹が訪ねて来るとか、たまに気のおけない友達がふらりとやってくる程度である。それなら、残りの食器を掻き集めて使えばいい。 そう思った彼女は、数の揃った食器は被災した知人にあげてしまった。ばらばらの食器は、虚栄に満ちた物質への執着を彼女が生きているうちに現世で勇敢に棄てた証のようでもあった。彼女はそれ以上言わなかったが、恐らくそれは誇らしい決断だったのだろう。 おかしな言い方だけれどお金さえいらなくなった、と言う友達もいた。別の友人は、服も同時に二枚は着られない、というイタリア式の戒めが実感としてわかるようになった。 彼女たちは、一瞬のうちに、大切なものと、大切でないものとの順序がわかったのである。どれも大切、というのは、甘さの表れで、ほんとうはきれいに順序がつけられる。だから、物質的に質素に暮らすことが少しも恥ずかしくなくなった。人間の作ったものは、いつかは壊れる。得たものは必ず失うからだ。 今さら白髪の我が同級生たちを「立派に成長した」などと言ったらお笑い種だが、これだけの達観さえ地震がなければ得られなくて普通だったのかもしれない。その証拠に、私は世間で言う「自棄食い」をしたくなる時に、まだ時々食器を買う癖を残しているので、恥ずかしくてそのことは隠しておいた。 最後に残すべき大切なものは「愛」だけだと言ったら、また歯の浮くようなことを言うと嫌われそうだが、死ぬ時に、人間としてどれだけ贅沢な一生を生きたかは、どれだけ深く愛し愛されたかで測ることになる。 愛は恋愛だけではない。男女の性の差も、身分を超えた、関心という形を取った愛の蓄積である。それ以外のものは大地震の時の陶器のようにぶっ壊れる危険に満ち満ちているから、とてもカウントの対象にはならない。
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