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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 大統領選挙?アメリカ人も少し大人に近づいた  
コラム名: 自分の顔相手の顔 399  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は日本語版の「ニューズウィーク」の定期購読者なのだが、中でも「パースペクティヴズ」という世界の有名人の発言を抜き出したページを愛読している。今週はブッシュとゴアの言葉が載せられている。ブッシュのは「私は一つの党ではなく、一つの国に仕えるために選ばれたのです」というものだ。ゴアは「戦うべきときには全力を尽くして戦い、それが終わったら心を一つにして団結する。それがアメリカだ」と言っている。
 どちらもまあ体裁のいいことを言うものだ。アメリカ的公式見解というものはそういうものなのだろうが、全く幼稚でつまらない。私だけでなく、シェークスピアでも、バーナード・ショウでも、およそ文筆に携わる者なら、この言葉を聞いたら、顔をしかめるか、笑うかするだろう。おきれいごとは、創作の世界では全く通用しないのである。
 「覇権国家になろうとした国は、歴史上数えきれないほどある。そうした国がどうなったかは、周知の事実だ」というのはプーチン大統領の言葉だそうだ。覇権主義を取るだけの力を失わなければ、人はこういう賢こげなことを言わない。
 「この選挙には、いつまでも不透明さがつきまとうだろう」とフランスのジョスパン首相は言った。不透明な歴史に耐えるのが、私は人間の良心だと考えている。フランス文学は、不透明の人生を描いて傑出していた。世界中が幼児化しているように見える。
 しかしやはり偉大なアメリカには賢い人もいる。米連邦最高裁のジョン・ポール・スティーブンズ判事はこう言ったという。
 「今回の大統領選で誰が勝ったのか、永遠にわからないかもしれない。だが、敗者は火を見るより明らかだ。裁判官は中立な『法の番人』であるという国民の信頼が揺らいだのだ」
 それはアメリカにとっては困ることなのだろう。もちろん日本の司法にとっても。しかし小説家の視点で言えば、おかげでアメリカ国民が、やっと少し大人に近づいた、ということだ。完全な中立などということはない、ということは、日本だけでなく、アメリカにおいてもそうである、とわかるのは遅すぎたというものだ。
 この中には、いささか私と個人的に関係のあることもある。
 ペルーのエル・ポプラル紙が日本に滞在しているフジモリ前大統領が、日本国籍をもっていたことについて、
 「日本、『マフィア息子』をかくまう」
 と書いている。フジモリ氏が一私人となった日から、家を提供している者として、私はエル・ポプラル紙に言いたい。
 「彼がペルー産マフィアの息子なら、せめて運転手つきキャデラックの一台か、それが無理なら、パジャマの着替えを持たして送ってもらいたい」
 日本には「清貧の思想」という強烈な美学があるが、エル・ポプラル紙なら、エル・ポプラル=民衆という名前からだけでも、少しはこの心情をわかってくれるかもしれない。
 



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