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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 混浴の温泉?妙に新鮮な身内の昔話  
コラム名: 自分の顔相手の顔 32  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/03/11  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一年前まで、私たち夫婦は、遊びで温泉に行くなどということを、何年もしたことがなかった。講演に行く先で温泉旅館に泊めてもらうことはあったが、そんな時にはゆっくり湯治をする気分にもなれないのである。
 しかし去年の五月に私が足を骨折してから、私たちはこれで二度も温泉に行った。まるで何年分もの遊びを一挙にしてしまったような気分であった。同じ休みを取るなら、まだ少し固さの残っている私の足首を柔らかくするリハビリの効果もある方がいい、と考えたのである。
 今度行ったのは伊豆の下賀茂温泉で、ここはずっと昔も一度行ったことがある。夫の昔の先輩がこの土地で薬用植物園の園長をされていたのである。
 何十年ぶりかでタクシーに乗ると、夫はやたらと道に詳しいのでキミが悪くなった。まるで昔悪いことをして身を隠していた時代があって、その時この辺にヒソンでいたのではないかと思うくらいであった。もともと一度通った道は決して忘れないという人なのだが、五十年前にはこの辺に道祖神みたいなものがあったはずだ、とか、石廊崎ではこの辺までしか自転車を押して来られなかった、などという。
 よく聞いてみると、その先輩の宿舎に数日間食客としてころがり込んでいた間に自転車を借りて、付近一帯を乗り回したので、あたりの様子に詳しくなったのだという。毎朝、採りたてを売りに来るおじさんから買った若布(わかめ)ですばらしくおいしい味噌汁を作って、まだその頃は独身だった先輩と二人して食べていた。
 植物園と川を隔てた向こうに、当時は男女混浴の公衆浴場があった。川をほんの十数メートル渡れば、お風呂に到達するので、こちら側から、手拭い一つ持って、裸でお風呂に入りに行った、と言う。
 律義な先輩は、裸に長靴をはいていたので、「どうせ向こうじゃお風呂だけなんでしょう。それなら長靴はいらないじゃありませんか」
 と言うと、
「ほんとにそうだ」
 ということになって、二人は裸足で川を渡った。タクシーの運転手さんに言わせれば、混浴のお風呂場など、若い娘さんは、朝早くか夜中しか入りに来られず評判が悪いので、はやばやとなくなってしまったと言う。いかにも昭和二十年代の初めの風俗である。でも当時だって、入っているのは、おばあさんばかりだったよ、と夫は笑っている。
 夫婦でも、家族でも、お互いの過去のことで全く知らない部分がある。そういう話を聞くのは大変新鮮である。私の会ったことのない若布売りのおじさんまで、実際に会ったことがあるような気がして来るからおかしなものである。
 何のためになるのか全くわからないけれど、人生をたくさん見るということは、それだけで豊かな気分になる。
 



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