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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 自分の金?何をしてもいいが、この場合…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 125  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/03/09  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   大蔵省の天下りがどういう供応をされたかという話を聞いているうちに、最近自分の金で遊ぶ楽しさを知らない人が多くなったのだろうか、と素朴な疑問を持つようになった。
 私は女だけれど、昔からずいぶん人のお金でごちそうをしてもらった。座談会とか審査会の時に食事が供されるのである。しかしそういう時には、正直言ってあまりおいしいとは思えなかった。これだけのごちそうを義務なしに食べられたらどんなにいいだろう、と何度浅ましく思ったかしれない。それに比べてもっと安いレストランでも、自分のお金で行けば、それは気楽で実においしかった。
 自分のお金なら、法に触れない限り何をしてもいいのだ。好きな女に貢ごうと、他人が顔をしかめるような品物を買おうと、賭け事につぎ込もうと、誰からの制約も受けない。大蔵省の役人が出張の途中、勤務の日にラスベガスに行ったからいけないので、役人といえども、休みを取って自費で外国に行き、自分の金で賭け事をして遊ぶ分には(それで借金を背負ったりしない限り)世間は文句を言う筋合いではない。
 つまりすべての楽しみは自分で自由になる金ですべきだと、肝に銘じることだ。
 二月二十六日付けの東京新聞には、「悲哀 まじめなサラリーマン」「史上最悪 自己破産急増」という見出しで、家のローンを返せなくなった五十歳の元機械メーカー社員の例が出ていた。六年前の一九九二年にこの人は約四千万円の一戸建てのマイホームを三十年返済のローンを組んで購入した。当時の年収が約一千万円だったので、毎月約二十万円、ボーナス時に約四十万円を返済することは可能だった。
 しかし会社の経営状態が悪くなると共に、リストラの対象となったこの人は、やっと再就職したが年収は半分になっていた。それで遂に自己破産に追い込まれたのだという。
 しかし問題はいくつか残っている。この人は約四千万円の家を買うのに、実に三千六百六十万円も借りているのである。ということは自己資金はたった三百四十万円しかなかったということだ。更に、四十四歳の時に三十年賦で借金すれば、金を返し終えるのは七十四歳という計算である。それでは生涯金を返し続けることになるではないか。
 ローンは借りて当たり前だという世の中だが、ローンも「人の金」であることには変わりない。総額の約九割に当たる額を、人の金を当てにして一戸建ての家を買うような人を、昔は決して「まじめなサラリーマン」とは言わなかったと思う。「家を買うなら金が溜まってからにしろ」と言われたものである。
 とにかく自由になる自分のお金でできる範囲で楽しむことだ。ヒモ付きの金なんてみじめなものである。子供の時母の作ったお握りを持って近くの多摩川原へ行き、ピクニックをしたことが何であんなに楽しかったのかと思うが、その記憶は私の行動の原点である。
 



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