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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 現場の教室?苦悩に耐え心の温かい人間に  
コラム名: 自分の顔相手の顔 445  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/06/27  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   池田市の学校で児童が殺害された現場の教室に、立ち入りたくない、見たくもない、だから学校そのものを新しくする、と公然と言うのは、死者に対する大きな侮辱でもあろう。

 八人の子供たちは、死によって学校生活から除外された上、さらにその死の場所まで忌まわしいもののように扱われる。事件の起きる瞬間まで、そこは楽しい教室であった。生き残った生徒とその父兄たちは、その校舎を棄てるどころか、八人の記憶が温かく残る部屋をむしろ保存すべきだろう。

 そもそもこういう発想が生まれたのは、日本人が宗教教育を無視して来たから、心が鍛えられていないのである。宗教的な場所というものは、すべて人間の生死にかかわることを分け隔てなく受け入れて来た。キリスト教の教会も、仏教のお寺も、共に結婚式も葬式も執り行う。ことにキリスト教の教会は、生まれた時の洗礼式、結婚式、葬式、さらにはその建物の中にヨーロッパでは墓まで作る。その墓の前や墓の上で、新しく生まれたカップルが結婚式を挙げ、生まれた子供が洗礼によって祝福される。「縁起が悪い」とか「気味が悪い」などという発想は許されない。なぜなら、人生に生死はつきものだからだ。

 最近、トラウマを治すための考慮がなされることを私は一面で進歩と思うが、一面ではこれで野放図に甘やかされた子供が育つ理由になるだろうと思っている。人は再起不能なほど不幸に傷つきもするが、その傷を犬のように自分で舐めて癒し、そこから前よりも強くなって立ち直ることもある。弱い人には介護を与えればいい。というか、心のケアは親たちが主になってすることだ。子供が「怖い」と言ったら「怖くない」と私なら答える。「一度、こんな目に遇ったら、もう確率としては二度と遇わないもんだ」でもいい。

 恐ろしくて同じ校舎には入れない。あれ以来、心が落ちつかなくて勉強もできない、ということをいいわけとして認めると、子供たちは今後すべて人生でうまくいかないことの原因は、あの時八人の殺傷事件を見たからだ、ということにするだろう。

 今から約半世紀前の原爆でも空襲でも、多くの子供たちが、地獄を見た。焼死体の山を見、親を失い、食べるものも着るものもなく焦土をさまよった。それでも多くの人たちは、すばらしい性根を持った大人に育った。苦労を知っているがゆえに、平和への希求も苦悩に耐える精神力も強い心の温かい人間になったのである。
 



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