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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: カレンダー?『人や動物、物を描く』のは禁ず  
コラム名: 自分の顔相手の顔 193  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/11/30  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   年の暮れになると、カレンダーが少し気になる。我が家には壁の部分が少ないから、卓上型の小さなものがいい、などとひとしきり選ぶのも楽しい。
 途上国で調査をやっている友人は、私があちこちから頂くカレンダーを全部集めて持って行く。「向こうのお役人のワイロにするんですよ」と言うのは彼一流の悪ぶった言い方だが、暮れからお正月にかけて現地の顔見知りの人に会った時、カレンダーの一つもあげると親しい気分になって後の仕事がし易くなる、というくらいの効果はあるだろう。カレンダーというものは公然と人の目に触れる小さな贈り物として感じがいい。
 それに日本製のカレンダーはエキゾティックで印刷がいいから、もらった人が珍重するのも当然である。イスラム教国では、人や動物や物を絵に描くことは偶像崇拝に繋がるとして禁止されているのだが、ただそれも最近では微妙に崩れて来ていて、子供にはスヌーピーやミッキーマウスのついた日用品なども使わせる国も多いし、外国のカレンダーなら絵がついていても許せる空気もあるのだろう。
 しかし日本人が驚くような使い方もある。アフリカの田舎などに多いのだが、カレンダーをもらうとすぐさま一枚ずつ破って親類縁者に配るのである。結果的には「お前は一月」「あんたは五月」ということになるのだ。そういう土地では、カレンダーの持つ本来の機能は大した意味を持たない。しかし一冊のカレンダーが十二人の人に分けられて楽しまれるのだし、家の飾りとして評価されれば来年になってもずっとそのまま飾られることになる。カレンダー冥利に尽きる、と言いたくなるのである。
 私たちの働いている財団は、アフリカで、オンコセルカという盲目を引き起こす寄生虫病の撲滅のために仕事をしているのだが、視力を失う原因となる体内の虫を殺すには、一年に一度薬を飲んでもらうだけでいいのである。簡単なようだが「一年に一度」というのは、カレンダーさえない社会や家族にとっては、なかなか記憶するのがむずかしい。
 昔チリにいた時、十一月一日の「諸聖人の祝日」に墓地の前を通りかかった。するとお墓参りの人だけとも思えない賑わいである。何をしているのですか?と聞くと、村人が全員お墓参りをするこの日に、墓地で予防注射をしているのだという。そこで網を張っていれば、誰それさんちではおばあさんが病気で来られない、ということもわかる。
 一年を認識することさえ、世界ではなかなかむずかしいことなのだ。
 



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