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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 公費と私費?秘密にしておきたいなら…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 50  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/05/21  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   東京都知事の交際費の内容の公開を拒否された「市民グループ」が、知事に非開示処分の取消を求めた訴訟で、東京高裁は先頃、相手の氏名以外はすべて公開するように命じた、というが、これは不思議な判断である。
 私は今、日本財団というところで働いているが、会長の私には自由になる交際費の枠など一円もない。必要があって交際をする時には、財団が出すからそれで少しも困らないのだが、その手のお金はすべて、どんな理由で、いつ、誰と会ったか、ということは何の問題もなく公表できる。交際した相手の名前が言えない場合に組織の「公金」を使うものではない。
 私は、今世間の流行になっている接待というものを敵視する考えには反対である。複雑な心理の経過を話し合うような時、会議室のテーブルに向かい合って、事務的に決められるものではない。よく冷えたビールを飲み、質素な食事くらいはして、会話の中からお互いに人情を探って行こうとするのは、人間的ですばらしい知恵だ。だからいっそう、その接待した相手は明らかにしていいと思う。
 しかし世の中には、誤解されると困るから人に言いたくないこともある。私は秘密というものも、作家としてかなり好きなのである。私がいい友達をたくさん持っているのは、私がその人について知っていることを、喋ったり書いたりしないからだと思っている。
 しかし、秘密にしたい関係には、必ず私費を使うことだ。秘密の女、秘密の画策、秘密の旅行、何をしても結構だが、秘密にしておきたかったら、知事が自分のお金を使えば何の問題もないことだろう。きちんと税金を払ったお金を個人が自分で使う限り、世間に公表する必要は全くない。しかし公費で出したら、すべては明白にすべきである。この点をはっきりしてもらわないと困る。自費で払って秘密を守る、という方途が残されているのに、公費を使い、その使った相手の名前は言えない、というのは筋違いである。
 女房に隠れて女と遊ぶ金を、出版社に出させる作家は昔からいたが、出版社の金と、都庁の金とは性質が違う。それに女性の方からみたら、いっしょに泊まりに行った温泉宿の宿泊代まで出版社のつけにされたら、「愛」はどこにあるのかわからなくて、興ざめなものだろう。
 私は何でも公開が当然という世論にも反対である。審議会などの内容をつぶさに報告するのは当然だが、審議会の会議の場に第三者を入れるなど、まっぴらごめんだと思う。
 審議会は、そこで働く委員の仕事場だ。誰が衆人環視の中で小説を書くか。書斎の一部をガラスばりにして「ファンならいつでもボクの小説を書いている姿を見ていいの」という作家がいたら、気味の悪いものである。
 金ほど、性質を分けて使えるものはない。そしてもう少し皆、自分のお金で好き勝手なことをする癖をつけた方がいい。人に言えないようなことを公金でしようとするのは、全くフェアーでない。
 



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