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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: バランス感覚?戦争と野球のどっちが重大  
コラム名: 自分の顔相手の顔 230  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/04/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   四月四日は日曜日だったので、午後六時のNHKのニュースを見ることにした。数日の間コソボ情勢が、ずっと気になって仕方がなかったのである。
 するとNHKのニュースのトップは甲子園の野球で沖縄が優勝したということだった。沖縄が初優勝したということは、ほんとうにすばらしくフレッシュなニュースである。しかしコソボで恐ろしい戦争が行われているという時に、高校野球がニュースのトップになるという選択と感覚がまともなのだろうか。日本全体がノーテンキというか、自分中心というか、人のことは考えもせず、わかろうともしない子供に思える。
 昭和天皇が重体になられた時、皇室は自粛などしないように、というご意志を示されたにもかかわらず、日本中が自粛ムードに狂奔した。その頃、行楽地や旅館は閑古鳥が鳴いて、深刻な被害を受けたようである。私はそんな情勢に反撥を感じたから、陛下のお望み通り、予定された障害者の方たちとの旅行は実行して、温泉旅館からも喜ばれた。
 しかし今度は陛下お一人のご病気ではない。東欧でこれだけ多数の不幸な人々が出ているのだから、高校野球をトップニュースにするような感覚は自粛したらどうかと思う。
 四月二日の金曜日に、私が働いている海外邦人宣教者活動援助後援会という小さなNGOのグループは、緒方貞子さんの国連難民高等弁務官事務所に、緊急にコソボ難民の援助に一千万円を送金した。これは日本中の個人から寄付されたお金で、普通なら海外で働いている日本人の神父と修道女の(布教以外の)人道的な仕事に対して出しているのである。緒方貞子さんは修道女ではないが、こうした緊急事態にはいつもお金が足りなくなることを知っているので急いで送金したのである。
 こういう種類のお金は、早く出さなければ意味がない。いくら高額を出しますと言っても、二カ月、三カ月先では生きないのである。難民は今日からパンが必要だからだ。
 セルビア側とアルバニア系の人たちとどちらがいいのか悪いのか、現場で話を聞いたら、決して新聞が言っているような単純なものだけではないだろう。しかしどちらにしても、誰かが憎しみのために殺されている。そこに家を追われた人たちが何十万もいることは確かなのだ。その人たちが、さまざまな理由で泣いているのも事実なのだ。
 だから、あの人たちのことを思うと、ニュースとしてはコソボが第一で、高校野球はその次にするくらいの、世界的なバランス感覚がほしい、と一方的に感じている。遠い東欧の話なら戦火は花火、とは思えない。
 NHKの感覚は、最近少し私とは遊離している。
 先日の臓器移植の時、あまりにも執拗に同じ言葉を繰り返し報道した異常さに、それを読み上げた森田美由紀さんのファンだったという一人の男性が、「あれから彼女が嫌いになってしまいました」と笑っていた。
 



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