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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ブランドもの?無思想、無節制、ただ物欲の塊  
コラム名: 自分の顔相手の顔 47  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/05/12  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ミラノで、イタリア人と結婚している日本人の友人にひさしぶりで会ったら、最近日本人が、侮蔑と共に見られている現象があるという。
 ミラノはファッションの町としても名高いが、ブランドもののハンドバッグを買うために何時間も店の前に並ぶ日本人の女たちの異様な執念に、ミラノ人は呆れているのだという。開店するや否や、お目当ての品を買うためになだれこむ。日本人という人種は、どれほど無思想、無節制で、恥知らずで、物質的人種と思われているか、同胞として考えるといやになるのだという。
 ブランドもの、というのは、大衆品という意味もある。一目見て、あの人も持っている、この人も持っている、とわかるものがほんとうの高級品であるわけがない。ぜいたくな人は、「あの方はあんなすてきなものを、どこでお買いになるのかしら」と私たちが興味を抱くように出所不明でなければならない。
 いつかベネツィアに行った時、迷い込んだ細い道の奥に、小さなハンドバッグ屋さんがあった。静かな店だが、ほんとうにすばらしい細工である。夜用の柔らかい黒革のバッグを一つ記念に買ったが、もちろん私の聞いたことのない店であった。たぶんヨーロッパの上流階級の人たちは、生活のすべての分野にああいう密かな行きつけの店があって、そこで全く自分独自の好みに合った品物を選んでいるのだろう。
 夫は、たまたまローマのパンテオンの裏で、およそ流行っていない感じのカバン屋を見つけて、そこのおやじさんの手作りのベルトがすっかり好きになった。ただの一枚革ではなく、同じ色のトーンの変わった革を集めた細工のおもしろさがある。値段も高からず安からずほどほどなのだが、それは流行らない店だから、とうてい世間周知のブランドものにはなりえない。
 ミラノの知人に言わせると、ブランドのハンドバッグにたかる女たちの多くは、新婚旅行なのだそうだ。せっかく新婚旅行に来ても、歴史を学ぶでもなく、遺跡を楽しむでもない。ただただ物欲の塊で、買い物にしか興味がない。そのような妻に唯々諾々として付き合っている夫も夫だ、と友人は辛辣である。
 ついせんだって私たちが障害者とでかけた旅行では、今年初めてイタリアでミラノの郊外の温泉の出る田舎町に立ち寄った。と言っても外国の温泉は、蒸気の吸入を二週間続けると効果があると考えるのだそうで、日本人のように入浴そのものを楽しむわけでもない。しかし行ってみたら、そこは生ハムとパルメザン・チーズの本場だった。
 夕食には、波打つように盛られた薄味の生ハムがいくらでもどうぞ、とサーブされる。本物のパルメザンチーズはお土産に買って帰ったが、のめり込みそうにおいしい。のめり込む対象は、ハンドバッグでもチーズでもほんとうは同じだと思うから、食欲の方も節制しなければ、と自戒している。
 



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