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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 依頼心?ラクをしたければ旅をするな  
コラム名: 自分の顔相手の顔 430  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/05/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   団体で旅行していると、私自身も一人旅の時より依頼心が強くなるのを感じる。旅行社が列車の席を取ってくれたのだから大丈夫だろう。一流レストランだから衛生的だろう。教会の中にならスリはいないだろう。両替屋ならお札の数をごまかさないだろう。それらがしばしばその通りではないのである。
 自立心の欠如が一番はっきり現れるのは、誰かが自分を目的地に連れて行ってくれるだろう、という気分である。しかし人間はバスケットに入れたペットではないのだ。自分で歩けば時にははぐれる。そのためには、自分で目的地を入に聞くだけの気力も才覚もいる。日本人にはインテリでもそれができない人が多いのだそうだ。

 私自身がしじゅうやっている悪い癖が幾つかある。現地通貨を日本円になおす算数を他人にやらせるのである。一度や二度なら誰でもガマンするが、それ以上になると、脳ミソを計算器代りに使われる人が疲れて来る。

 脳ミソの代りに他人の眼玉を使う時もある。

 「お昼ご飯のレストラン、何て言いましたっけ」

 「日程麦に書いてありますけど……」

 「私、老眼鏡がないと見えないのよ」

 「カフエ・パレ・ロワイヤルです」

 「ああ、どうもありがとう」

 これも嫌がられるシニアの一つのタイプである。老眼鏡を出して自分で読めばいいのだ。それがつい億劫なのである。

 黙ってご飯を食べるのも、大人でない証拠とみなされる。食事は適当な配分で相手と会話を交しながらするものだ。だからこそ、普段から新聞や本を読み、勉強していなければならない。それでも自信がなかったら質問して、相手のお得意とする話をよく聞き、為になったと思ったらほめて感謝すればいい。おかげさまで、物知りになりました、と礼を言って怒る人はないのだ。

 買いもの一つでも、ただモノを買えばいいということではない。買いながら相手と会話をする。楽しい会話ができれば、買わなくても喜んでくれる人はたくさんいるのだ。それほど会話というものが、人生で大きな意味を持つ。語学ができないから会話ができない、という人がいるが、むしろ語学ができても話す内容のない方が困るのである。

 旅はそもそも辛い要素があるものだ。ラクをしたかったら、自分の家にいるのが最高だ。その認識も自立と自律につながる。
 



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