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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: フジモリ氏?大統領になどなるものではない  
コラム名: 自分の顔相手の顔 446  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/07/03  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ペルーでフジモリ氏が大統領だった時代に国家情報局顧問だったモンテシノス氏がベネズエラで逮捕され、リマに召喚された。「減刑の唯一の道」として前大統領の不正蓄財や殺人などの疑惑について今後証言をすることになっている、という。自分の利益のためなら人間はどのような虚偽の証言もするのは自然だから、今後どれほどの劇的な話が出て来るかには、興味がないでもない。

 私はフジモリ氏が大統領辞任後、百四日間の緊急避難の期間、小さな別棟を仮住まいとして提供した。氏がインディオ系の報道官だというペルー人と共に私の家に来られた時、二人分の荷物は二個か三個であったと記憶する。パジャマも夏ものだけだったが、氏は厳重な警戒のもとにあったので、私がスーパー・ダイエーに冬用のパジャマを買いに行った。

 食事の時間が三時間ずつずれていることと、氏が大統領時代からの習慣で全く予定というものを外部に漏らさない方だったので、私はすぐに氏の食事を用意することを諦めた。私の家の生活がそれではつぶれてしまうからであった。

 もちろん私はそのことを申しわけなく思っていた。しかし氏は平気だった。大統領時代、毎日午前一時、二時まで書類を読んでいた。それから食事なのだが、大統領府のコックはもう寝てしまっている。幸い大統領官邸のすぐ近くにフライド・チキン屋があった。そこへ買いに行かせて一人でフライド・チキンを食べていたのだから「食事は心配ないです」とフジモリ氏は言われた。

 私はペルーの大統領官邸を一度だけ訪問したことがあった。もちろんフジモリ氏が建てたものではなく、何代か前の白人の大統領の時代のもので、日本の総理官邸の貧しさにくらべたらまさに宮殿であった。その大食堂には、すばらしいアール・ヌーボー風のステンドグラスがあって、私はそれを見られただけでトクをした、と感じたくらいだった。

 その絢燗たるロココ調の建物で、あるじが深夜一人でテークアウトのフライド・チキンを食べていたという。世の中は常に想像以上のおもしろさに満ちている。

 フジモリ氏の大統領時代の生活にくらぺたら、私の暮らしは生涯ぜいたくなものだったとしみじみ思った。私はササニシキを炊き、焼きたてのイワシの丸干を野趣に富んだ皿に載せ、野菜をたっぷり入れた豚汁、色のいい糠味噌のお漬物などを食べている。いい暮らしをしたかったら、大統領や総理になどなるものではない。
 



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