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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: すべて光と風の中  
コラム名: 私日記 連載34  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/11/23  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九七年十月二十六日
 朝、七時二十分家を出て、羽田から徳島へ。鳴門競走場へ、ご挨拶。二十四あるモーターボートの施設の中で一番古いのだそうだ。
 しかし風も爽やか、陽ざしは澄んで透き通っている。競走場の中を見学して歩いていると、いろいろな人が声をかけてくれる。
「日本財団の会長さんかね」
 という人もいて、よく知っているものだ、と思う。マスコットのウサギを抱いて来ている人がいたので、おとなしいウサギの頭をちょっと撫でさせてもらう。もっとも飼い主は「ウサギ」ではなく、しゃれた横文字の名前で呼んでいたのだが、覚えられない。私がここでウサギなどと書いているのを知ったら、きっとご機嫌が悪いだろう。
 徳島で育つ植物の話が出たついでに、十月二十二日に発芽したバオバブの苗を一本徳島県に贈ることにする。最初の年に少し寒さに気をつければ育つのではないかと今はまだ夢を繋いでいる。
 十月二十七日
 一日、日本財団で仕事。
 夕方から私の家で、海外邦人宣教者活動援助後援会の運営委員会を開く。産経新聞が学費を受け持ち、私たちの組織が生活費の一部を贈って立派なドクターになってくれたベトナム青年で、今は日本の国籍と医師免許を取った武永健さんがひさしぶりに遊びに来てくれ、救急センターの仕事のことなどを教えてくれる。援助のお金はすべて順調。ハイチの自動車も、ポリビアの学校給食も、ネパールの子供センターも。新たな仕事はボリビアの炭鉱離職者の村の保育所建設、給食費、貧しい寡婦の家族のためのワン・ルーム・ハウス建設ほか。
 十月二十八日
 産経新聞に、「就職差別なくして」と五十人の女子大生が四キロをパレードした記事が出たので、早速うちの財団に「正確な数字を出してくださいね」と頼む。
 ここ三年だけの新卒採用の調査結果は以下の通り。採用人員数と( )の中は女性。
 平成七年度 四人(二人)
 平成八年度 三人(二人)
 平成九年度 五人(五人)
 平成九年度はすべて女性。こういう「会社」もあるのだが……。
 十月二十九日
 午後三時十分の飛行機で小松空港へ向かう。福井県の勝山市で夜講演会。終わった後でおろしそばをごちそうになる。昔から母がよく作った。大根のとれる時期は、おろしのおつゆの冷たさがいっそう厳しくおいしくなる季節。
 十月三十日
 十時四十五分の飛行機で小松から福岡へ。若松競艇場へご挨拶。きれいな競艇場で、三千円払う特別観覧席など、ホテルのロビーのよう。ここで、競艇を楽しみ、食事をし、合間に本を読んだら最高だろう、と思う。舟券売り場の中に入れてもらって、そこで働く女性たちと話す。サーモン・ピンクの制服がよく似合う堅実な奥さん風の人が多く、「もう三十年働いています」と言う人もいる。何しろ、月十五日だけ出勤すればいいのだし、ここは周囲が皆土地の顔見知りという手堅い職場で、「夫以外の恋愛がどうしてこんなに楽しいんでしょう」などという少々薄汚れた噂を立てられる心配もない。それでいて、違った年代と境遇の人がいて、付き合いも楽しいのだという。競艇の地道なイメージを黙々と地元で支えていてくれたのは、こういう地方の堅実な主婦たちだったのである。
 しかし今日も四千円買った舟券ははずれ。同行のうちの職員の態度も悪い。たいてい「何を買われましたか?」と言葉だけは丁寧だが、チラと私の舟券の番号を見て、なぜかウフフと笑う。そして自分は私の買わなかった番号を買って時々当てる。この態度が気に食わない。
 十一月一日
 昨日は、福岡泊まり。夜は昔、近衛師団をモデルにした『地を潤すもの』『紅梅白梅』を書いた時、マレー作戦について教えて頂いた近衛歩兵第五連隊の重松正彦氏と妹尾考泰氏にお会いした。
 今朝は七時五十分発の飛行機で五島福江に向かう。毎年イスラエル、イタリアなどで聖書を学ぶ障害者の旅行の、国内同窓会である。もうすでにこの旅は十四年続いているので、同窓生も延べ八百人を超えているはずだ。
 指導司祭の坂谷豊光神父のふるさと久賀島へ向かう。入江の向こうに人家が数軒あるだけ。古い無人の教会に今日は人が溢れる。すべて光と風の中。健康と病と、孤独と友情と、若さと老齢と、ここに人生のすべてが集って完壁。
 お昼は神父の従弟さんのお宅で、すばらしいお刺身と煮つけとお菓子までごちそうになる。夜は長崎市の沖にある伊王島泊まり。
 十一月二日
 東長崎教会で九時半からミサ。この春の聖地旅行に九十六歳で参加された宇田チヨさんが元気に出てきてくださっているが、今日はもう一人、二歳の時難病で参加してくれた一番幼い同窓生もママといっしょに来てくれた。七歳までしか保たない、と言われていたけれど、今は十一歳。童女のままだが、すばらしい美女。教会の方たちがミサの後、皿うどんやおはぎで温かくもてなしてくださる。
 



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