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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 日本と西洋?15分で痛みをとった腕の冴え  
コラム名: 自分の顔相手の顔 165  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/08/04  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   二年前にひどい骨折をして後、私は九十八パーセント元通り歩けるようになったと思っていたが、それまでマメとかタコとかはできたことがなかったのに、怪我をした側の足の裏に一か所、歩くと痛むマメができるようになった。
 ミラノでその話を知人にすると、そういう足を治してくれるところがあるという。美容院なんか行かなくても、そっちに行ってみたいと言うと、早速町中のクリニックに連れて行ってくれた。
 靴の中に入れるさまざまな装具を売る有名な店の二階で、小さな個室は歯医者さんの診療室に似ている。そこに痩せた顔の中年の女性がいて、手でマメの肥厚した部分を削り取ってくれるのである。
 痛いかと思ったが、少しも痛みはない。この人の爪の切り方は乱暴でなっていない、と二回も言っている、と友人が嬉しそうに通訳してくれる。最後だけ機械でやすりをかけて滑らかにして、後は消毒をし、他の足の指にも軟膏を塗る。絆創膏みたいなものを患部に貼って、それは一週間取らないように、後はこのパッドを付けて、と注意を受けて、十五分くらいで終わった。
 後で店で、私の足に合う靴の下敷きを買った。土踏まずがかなりあるのに、アーチのカーヴの合わない靴を履いていたのもいけないらしい。とにかく終わった後で町に出たら、嘘のように痛くない。このクリニックに入る前は、敷石のでこぼこができるだけマメに当たらないように気をつけて歩いていたのだが、そんな心配もいらなくなってすたすた歩ける。
 文化とはおもしろいものだ。
 日本の文化には靴というものがなかった。靴は足の一部だが、下駄や草履は大地の一部である。「西洋人」は靴で贋の足の裏を作ったが、「日本人」は下駄や草履で贋の大地を作って足の下にくっつける方法を取った。発想の違いである。
 同様に日本では、駕篭は流行ったが、馬車文化はないに等しかったから、馬具としての鞍を作る革細工も、馬車の金具を作る鍛冶も大して発達しなかった。だから日本は一般的に言って、革細工やカナモノ細工がひどく下手である。イタリアで楽しみなのは、食器やアクセサリーのいいデザインを見ることで、上等なものから日常的な安物まで、ほんとうに立体的なおもしろい形を作る。
 しかし昔、アフリカで裸足で歩いている人たちの足の裏を見たことがある。ひび割れた皮の間に小砂利が入ると、枝の先でほじり出したりしている。その鍛え方を思うと、私たちのやわな足の裏は屈辱的である。
 ともあれ、いい足の裏にしてもらったら急に意気高らかになった。何かに似ているような気がして考えてみたら、いい蹄鉄をつけてもらった馬はこういう気分になるのではないか、という感じだった。私は馬並に単純なのである。
 



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