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野球の世界ではほんとうの花形選手だったジョー・ディマジオが亡くなった。マリリン・モンローと結婚して東京に来た時の騒がれ方を、私は今でも覚えている。ディマジオは貧しいイタリア移民の子として生まれたが、父親の漁業を手伝うのを嫌って、野球選手になり、アメリカン・ドリームを実現させた。 漁師の子というと、私はすぐにサマセット・モームの『漁師の子サルヴァトーレ』という短編を思い出してしまう。 小説の中の「私」は、或る日ナポリの近くの小さな村で、漁師の子、サルヴァトーレに会う。彼は十五歳、どちらかというと醜い痩せた子で、いつも裸足で弟たちの面倒を見ていたが、体つきには不思議な気品があった。 やがて早熟なサルヴァトーレは、緑色の眼をした自信たっぷりの娘と恋に落ちた。しかしすぐ結婚するわけにはいかなかった。兵役が残っていたのである。彼は穏やかな故郷から生まれて初めて切り離され、遠くシナまで連れて行かれ、そこで病気になった。リュウマチの一種だったが、彼はそれでもはや軍務には適さないということになり、故郷に帰されることになった。 躍り上がるほどの嬉しさで村に戻ると、彼はすぐに恋人の家を訪ねたが、恋人はよそよそしかった。彼がもはや健康体に戻れないという風評が伝わると、娘の一家はすぐに彼との婚約の破棄を伝えて来ていたのである。 サルヴァトーレは悲しみにうちひしがれたが、決してこの冷酷な恋人の悪口など言わずに、黙って悲しみに耐えて働いた。やがて彼より二つ年上の娘が、彼と結婚してもいい、と言っていることが伝わって来た。「鬼婆みたいな女だ」というのがサルヴァトーレの印象だったが、彼女は小金を持っていて、結婚すれば漁のための舟と売りに出されている葡萄園を買うこともできるという条件をつけた。 二人は結婚した。彼の妻は怖い顔つきをして年よりはるかに老けて見える女で、サルヴァトーレがどんなに止めても夫を裏切った女のことも罵った。しかし彼女はばかではなかった。 やがてかつてのサルヴァトーレとよく似た子供たちが生まれた。サルヴァトーレはよくこの二人の息子を連れて海へ出た。 物語はそれだけである。サルヴァトーレは「ほんの平凡なイタリアの漁夫であって、人間の持つことのできる性質のうちで、もっとも珍しく、もっとも貴重で、かつもっとも美しい一つの性質を除いたならば、何一つとしてこの世で持ち合わせていない」男だった。その一つの特性というのは「善良さ??ただの善良さである」とモームは書いている。 ただの漁師でいるよりは、アメリカン・ドリームのヒーローになる方がいいと誰もが思うだろう。しかし夫として、妻モンローのお守りをするだけでも大変だ。幸福はどちらにあるかわからない。それがありありと見えるようになるのが、人間が年を重ねていくことのおもしろさなのである。
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