|
一九九八年三月十六日 二年ぶりくらいで、ちょっと奥歯がしみるような気がして、近くの山根歯科へ。今日が二回目なのだが、一回目に悪いところを削っただけで、しみるのも治った。これで神経も抜かなくていいらしい。 私は甘いものを普段ほとんど食べないので、歯にはいいのかもしれない。お砂糖の代わりに塩を舐めて「ああおいしい」と思う。日本語では、甘いと書いてもうまいと読むが、「塩っぱい」と書いてうまいと読みたい感じである。 歯はまだ全部自前。しかし威張ることもできない。歯はよくても、眼が悪かったから、子供の時からどれだけ眼鏡にお金を払ったかしれない。そして人と会わなくてもいい、作家という仕事を選んだ。だから今でも人と会うのが心理的にどこか怖い。 今日の処置が終わったところで、先生にお礼を言った。 「こんなぜいたくな歯の治療をしていただけるなんて、地球上でそんなに誰にでもできることではありません。ありがとうございました」 いつもいつもこういうお礼の言い方ばかりしている。 三月十七日 十時。いつもの通り火曜日の執行理事会。十一時半から、二十秒のコマーシャルを何通りか見る。 広報は本当に大切だと思うから、すべて眼を通しているが、時々テレビでこの会社の幹部は、自社のコマーシャルを本気で見ているのだろうか、と思う作品に出くわすことがある。 二時からLEAD(環境と開発のためのリーダーシップ)ジャパン・プログラム運営委員会。その後、友人を病院に見舞う。 三月十八日 十時、ボランティア支援部の案件説明。その前にどんなところからいくら何に対して申請が来ているか四百十三件全部に眼を通した。 何度も言っているのだが、講演会、講習会、ゼミナール、シンポジウムなどの一人当たりの推定経費が、未だに算出されて来ていない。私はその点を聞かずに承認することはないのだから、これからは頭わりの経費の出ていない案件は自動的に落とします、と言う。本当のことを言うと、つまり私は算数が下手くそでその場で素早く割算ができないので、こういうことを言っているのである。 午後、英文パンフレット作成のためのインタビュー。作家の生活と今の生活とどう変わったか、という質問なので「もう少し質問の内容を説明してください」と言うと「たとえば大統領などに会うようになったでしょう」と言うので「作家だけの時でも、時たまは大統領という名の方にお会いしたこともありますが、作家にとってはどなたでも同じです。大統領でもホームレスでもサラリーマンでも全く同じ大切な興味の対象です。大統領だから特別というわけではありません」と何だかひどく相手の期待に応えない返事をする。私はこういう点、特に勘が悪いらしい。 午後二時から、厚生科学審議会。 日本財団に手紙が来ている。近く行われるかもしれないピル解禁についてである。 私の知らなかったことは、ピルが副腎皮質ホルモンと同じ、ステロイドホルモンの仲間だということである。ステロイドホルモンの副作用は、血圧、血糖値の上昇、肥満、さらに免疫力の低下が怖いという。 さらにピルを飲んでいても、三〜六パーセントは妊娠するが、そういう状態で生まれた男の子が将来同性愛者になる可能性は、決して根拠がないわけではない、という。 ステロイドホルモンは「怖い」から、皮膚の塗り薬でも続けない方がいい、と私は最近ジンマシンだから言われている。今、生殖機能に影響を及ぼすダイオキシンが問題になっているが、ピルによって母体の卵巣内の卵が浴びる人工合成ホルモンの量は、ダイオキシンなどと桁違いに多いのだ。それをよく国民に知らせずに解禁して責任を取りますか、という厚生省に対する警告である。 三月十九日 パラリンピックのポスターがあまり素敵なので、どうしてもほしいと言って来た方があった。スポンサーとして日本財団の名前も隅に小さく載ったものだ。今日初めて届けられて来て、私も感動した。 モノクロのポスターは、アルパイン・スキー、スレッジレーサー、クロスカントリー、アイススレッジホッケー・プレーヤー、バイアスロン、の選手たちの表情で、希望、喜び、愛、意志、心、を表している。プロデューサーアソシエイツという会社の制作で、デザイナーは斎藤順一さん。ボランティアでこの名作を作られたという。 早速財団でも、職員が皆見られるところに飾る。初めて見た人も多く大好評。 三月二十二日 昨日から、私はときどき庭に出て行って地面を見ている。秋に株分けして肥料をたっぷり入れたアスパラガスが、そろそろ出て来そうだと予感しているからである。理由は地面にひび割れが見えて来たからだ。果たして雨の中で、朝三本、地面の色と同じような保護色みたいな赤っぽいのと白っぽいのが顔を出した。午後また見るともう二本。
|
|
|
|