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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 赤ちゃん2?お互い体温で温め合って  
コラム名: 自分の顔相手の顔 322  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/03/29  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   週末の家の押入れの天袋で生まれてしまった四匹のタヌキの赤ん坊を、私は木箱に入れ、日向に置いた。温かければいいだろう、という浅はかな計算だったが、赤ん坊たちは夜行性の性格をしっかり身につけているのか、まだ眼も見えず歩けもしないのに、気がつくと箱の裏側の日陰に這いだすようにして移動していた。風の吹きすさむ中で、ぼろ切れの固まりのようになって眠っている。それで私たちは、温度はあるけれど陽が差し込まないような角度に木箱の向きを変えた。
 私は子ダヌキたちの養育係になった。ミルクをスポイトで飲ますと、一番大きい子はごくりごくりと飲み、一番小さい子は口の端に流しこんだミルクを半分出したくらいだったが、とにかく幾分かは胃袋に入ったろうと思えた。飲み終わると、彼らはキイキイ声も出さずに、お利口に眠り続けた。
 三時間おきに授乳して、それが多いのか少ないのかわからないが、私たちは夜に賭けていた。声は聞こえているだろうに、昼間は母親が一向に取りに来る気配はない。しかし夜になると、必ず探しに来るだろう、という感じがした。夜の寒さを完全に防ぐ方法はないが、新聞紙を揉んで柔らかくして、窒息しない程度に入れてやると、急におとなしくなったのは、安心感もあるからだろうか。四匹がお互いの体温で温め合ってくれればいい、と私は願っていた。
 その夜、母親は確かに来た! 天井に足音がして、しきりに歩き廻っていた。しかし天袋はもちろんも抜けの空である。私は庭においた木箱に行って、子ダヌキたちを少しいじり、位置を知らせるためにキイキイ声を立てさせた。この独特の声は母親ならば、かなりの遠くからでも捕らえそうであった。
 しかしタヌキは、方向感覚にはあまり鋭くないようだった。私は三十分置きくらいに二度、子供たちを啼かせたのだが、それでもまだ天井裏の足音は断続的に響いていた。
 私はそれで放置して眠ることにした。
 翌朝、真先に箱を見にいった時、私は親が子供を連れて行ったので、箱が空になっていることを期待した。しかし新聞紙の奥で、子供たちは四匹とも死んでいた。一番大きな元気な子供も助からなかった。
 タヌキは、自然の木の洞や岩かげに巣を作るという。私の週末の家の周囲や、海岸の雑木林で、そんな場所はいくらでもあるだろうに、どうしてわざわざ「危険な」人間の家の中に巣を作ったのか不思議であった。
 私の幼い頃と比べて、人間の生活はうんと便利になった。タヌキも真先に生活の便利さに軽薄に飛びついたのだろうか。この家には毎週必ず人が来ているにもかかわらず、彼らは自然の中にではなく、人間の作った構造物の中に入りこんで巣を作った。天袋は乾いて風が来ず、巣作りに必要な材料の紙類はその場にある。タヌキも人間同様、真面目な生活の努力をしなくなったと思っていいのだろうか。
 



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