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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 2000年を迎えて?人間は時間をどう使うか  
コラム名: 自分の顔相手の顔 300  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/01/04  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   二〇〇〇年代は、どんな世紀になると思うか、とよく聞かれるけれど、私は想像しようと思ったこともない。
 少なくとも普通の能力の人間には、そんな予想をする手掛かりがないし、私の体験では、予想というものはほとんど常に当たらない。だからそういう試み自体がむだ、と思うのである。
 ただいくつか、当分はそれが続くだろう、ということはある。
 その一つは一日が二十四時間だということである。私たち個人が選べるのは、その二十四時間をどう使うか、ということだけだ。
 一日十時間眠らないと、どうもさっぱりしない、という人に会ったことがある。私も二十代までは、いささかその傾向があったが、三十代からはあまり眠らなくてよくなった。年を取って、どうも睡眠時間が短くて困る、などという人に会うと、不思議な気がする。眠らなくて済めば、その方が時間が有効に使えるから、実に便利なのである。
 今町を歩くと、若者たちがいっせいに電話をかけている。どうしてそんなに電話をかけなければならないことがあるか私は不思議で仕方がない。この間、飛行機の中で、「人の一生」みたいなテレビを見たのだが、子供はどれだけチョコレートを食べるか、一生にどれだけ歩くか、青春時代にどれだけキッスをするか、というようなヨーロッパの統計が出ていた。書き止めるものがなかったので、記憶はその瞬間にでたらめになった恐れも多いのだが、平均にすると生涯に二週間キッスをしている勘定になるのだそうだ。
 人間は時間をどう使うか、自分の決定権において割り振らねばならない。電話をかけることがすべて無駄ではないのだが、電話ばかりかけていたら、他の勉強はできなくなる。
 コンピューターの発達で、知識はあっという間に得られるようになったが、その知識をどう使うか、ということがますます問題になって来る。大量の知識を素早く得る、ということくらいに感動していたら、人間は常にコンピューター以下の機能しか持ち得ないことになる。プロと言われる人になり、ついでにお金儲けもしたければ、その知識をどう使うかという目的や、自分なりの方法で生きる哲学を構築する創造性が要る。その専門分野を決めてから、コンピューターを駆使するのが順序である。
 科学の方では、遺伝子治療や新薬の開発で、人の命はますます長くなるかもしれない。しかし人の命を長くする研究をするならば、同時に果たしてそれで人は幸福になるのか、という研究も同時に進めることが大切であろうし、義務であるという気がする。平たい言葉で言えば、地球上の高齢者には、他人のため、若い世代のために、死んでやる義務があるのだ。それだからこそ、私はむしろ死を受け入れられる、のだと感じている。死という、人間の最後の、一見無駄な結末が、他人のためになるというのだったら、死んでも意味がある、と思えるようになる。
 



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