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私の友人が、乳癌にかかった。 宣告されて手術までの間に、彼女は夫を連れて都内の有名な写真館へ、肖像写真を撮りに行った。彼女に言わせれば、写真館の方ではすぐに目的を察したらしいと言うが、手術はうまく行って彼女は元気だから、この告別式用の写真は、お気の毒ながら無駄になるのである。 この話は少しも深刻に語られたわけではない。彼女によれば、身辺整理のつもりで古いシャツ類なども捨てたが、その日車の掃除もしておこうと思った途端、また屑籠の中の古シャツを拾いに行ったという話に、私たちは全く同感してそのけちぶりを笑い合ったのである。古シャツはまた洗濯して、次の車の掃除に使おうなどと思うに違いないから、身辺整理などできっこないのである。 私が生涯いっしょに暮らした三人の親たち(実母、舅姑)のうち、一番先に私の母が死んだ。前から私は母の死の後のことを考えていて、葬式は極秘でしようと思っていたし、写真についても飾らないことに決めていた。 写真がなかったわけではないが、「近影」ではないし、その写真は、あまり母らしくなかった。 葬儀屋さんは「写真は飾りません」と私に言われると絶句していた。恐らく「お客」の中で、遺影を飾らないと言ったのはうちくらいだったのだろう。遺影だけではない。お棺を置く台とその上に掛ける黒い布以外、葬式用の飾りは一切いらないと言ったのである。 しかしそれは少しも淋しい葬式ではなかった。ほんとうに親しい人たちだけ二十人ほどがうちで行われたミサに来てくれ、その後で母のことを偲んで賑やかに会食をして行ってくれた。母は献眼し、どなたかわからない眼の悪い方に光を残して行った。あの世があれば、天国へ入れる間違いない切符も買ったようなものであった。残された遺族の、それが明るい見送りができた原因であった。 遺影を飾らなかったのは修道女のお葬式の真似をしたのだ。お葬式に来るほどの人なら、皆心の中に、旅立って行ってしまった人の遺影を持っている。それは、死者が自分と最も深い関係を持っていた瞬間の面影である。 子供の時いじめられた相手だったら、そういう顔が浮かぶだろう。看護婦さんをしていた時代の白衣を着た姿を思い浮かべる人もいるだろう。登山中の疲労しきった表情。列車の中で居眠りをしていた姿。研究室にいた時のその人の横顔。自分の腕の中で眠っていた幼時の寝顔。どれでもいい。それが本当の遺影なのだと思う。 文庫本の袖などに、時々「著者近影」という写真が載っていることがある。本が長く少しでも売れていると、その写真は現実の著者よりどんどん若くなる。それで「女流作家は若い時の写真ばかり載せる」とワルクチを言われる。私も、百歳の時のモンタージュ写真を作ってもらって載せれば、手間がかからなくていいのだ、と思う時がある。
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