共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 林 雄二郎  
記事タイトル: 財団活動の成否はプログラムスタッフの育成にかかっている  
コラム名: 特別企画 林雄二郎氏に聞く   
出版物名: ダイヤモンド・エグゼクティブ  
出版社名: ダイヤモンド社  
発行日: 1995/07/10  
※この記事は、著者とダイヤモンド社の許諾を得て転載したものです。
ダイヤモンド社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなどダイヤモンド社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   企業の社会貢献活動の必要性が問われて久しい。戦後50年もたつのに、まだ日本の企業は社会貢献活動を企業活動と一緒に考える風潮がある。その根源には何があるのか。はたまた、日本の企業財団はこれから先、世界各国から真に望まれる社会貢献活動を続けていくことができるのか。
 トヨタ財団専務理事を長くつとめ、昨年12月に財団法人日本船舶振興会の顧問に就任した、前東京情報大学学長の林雄二郎氏に、本音で日本の財団活動について語ってもらった。
構成・文/駒崎民雄


渾然一体となっている日本の企業活動と社会貢献活動
 日本の企業財団の顔は見えにくい、と良くいわれるが、それは企業財団のトップがその企業の代表者を兼ねている場合が多く、企業のトップとしてのフィロソフィーは持っているが財団のトップとしての理念を併せ持つ人が少ないからだ。
 こんなエピソードがある。ある著名な企業がつくった財団が、社会貢献活動を認められて国際的な賞を受賞した。その受賞のインタビューの席で、財団のトップでもある社長は「わが社が大変な名誉を受けた」と何度も繰り返したという。これは正しくは「わが財団は」という表現になるべきだが、それを指摘する社員が一人もいなかったという。ことほどさように日本の企業の社会貢献活動は企業活動と一緒のスタンスで行われている、ということだ。

活動の差はプログラムスタッフの差
 日本の企業財団の歴史はアメリカと比較すると遅れている、というのが通説のようだが、カレンダー的には日本とアメリカは同じころにスタートしている。しかしその後の活動ですっかり後れをとってしまって、アメリカとの差が開いてしまった。日本の活動の遅れは何といっても財団の活動を根底から支え実行に移す「プログラムスタッフ」が育たなかったことが上げられる。
 このプログラムスタッフをアメリカでは大事に育てている。創業者がいなくなろうと、代が替わろうと、その財団の精神を行動プログラムに移し実行する人がきちんといるわけだ。

国家貢献意識と社会貢献意識
 アメリカの政府というのは、見方によっては未完成のままで出発したともいえる。アメリカが独立した時も、リンカーンは例の「人民の人民による……」といった演説をした。つまりアメリカの場合は市民が国を造り支えてきたわけだ。これは今でも変わらないアメリカ人の意識である。市民が自らできることは自らやる。自分たちだけではできないことだけを政府にやってもらう。そうした市民意識が財団活動にもつながっている。
 ところが日本は、例えば明治政府にしても、アメリカのその時代の政府と比べてもずっと完成度が高かった。何から何まで機能を備え、穴のない政府だった。したがって穴のない政府に対して何でも国がやってくれることに慣れてしまっている。

鬼の顔と仏の顔
 ちょっと視点を変えてアメリカ人の企業家と日本人の企業家を考えてみよう。私はアメリカ人企業家には二つの顔がある、と思っている。ひとつは企業者としての儲けようとする顔で時として鬼のようになる。もうひとつは財団活動を行う時の社会人としての顔、こちらはいわば仏の顔である。
 日本人企業家の顔はあくまでもひとつで、企業家としてビジネスをする時と社会貢献活動をする時の気持ちは一緒なのである。
 この考え方は私がロックフェラー氏やフォード氏の伝記あるいは日本の財閥系の人達の伝記を読んで発見したのだが、この違いをずばり指摘した人がいる。故人ではあるが、かつて名古屋の南山大学の学長をしておられた、ヒルシュマイヤーさんである。彼は『日本における企業者精神の形成』という名著をお出しになった。その中で彼は、明治の頃の日本の企業家たちは利潤を取るか、あるいは社会貢献を取るか、という二者択一を迫られた時にはためらうことなく社会貢献を取った、という。ところがそれに対して欧米の企業家たちは利潤を取っている、という。
 ここに、私は日本の財団活動がアメリカのように発展しなかった理由を発見したような気がした。つまり、明治の頃の企業経営者たちは企業経営をしながら十分に社会貢献をしているという満足感があり、何をいまさら財団活動をする必要があるのか、という気持ちを持っていたのではないか。
 ところで、ヒルシュマイヤーさんは実はそこまで見抜いていなかったと思うのだが、明治の企業家が社会貢献といっているのは社会ではなく国家なのである。それは、明治時代の人は皆愛国者であり、儲けるか国のために尽くすか、といわれれば国のために尽くすのは当然であったわけだ。

贖罪意識が社会貢献活動の原動力?
 アメリカ人の社会貢献活動は贖罪意識によるものだ、と考えることもできる。アメリカ人は企業家として血も涙もない決断をして経営に当たる場合が多い。その罪の償いをするわけだ。
 ヨーロッパを見てみよう。ドイツ語で財団のことをシュティフトンクという。例えば、フォルクスワーゲン財団はフォルクスワーゲン・シュティフトンクというのだが、シュティフトンとは喜捨つまりお布施、寄進のことである。財団とは喜捨をするところ、という意味を持っている。人間は生まれながらにして罪を持っているから喜捨をしなければならない、というのがヨーロッパ人の意識だ。
 しかし日本の場合は、生まれたばかりの赤ちゃんは皆、神様であり、原罪意識などはない。歴史的に振り返ってみても日本人は神に対する恩に報いる、という思想がずっと支配的であった。これが報恩思想や報国思想につながっていく。
 この思想の違いから、日本と欧米とでは社会貢献活動への取り組みに大きな違いが生じるのである。

国益優先が日本の財団活動を阻害している?
 戦後五〇年もたつのに、いまだに国際的に見ると日本の財団活動は諸外国と比べると後れをとっている。その原因のひとつは「国益」の問題だ。日本の財団が国際的な活動を行う場合に、国益に添うような活動を行うと、免税措置などの特典が得られるようになっている。
 私がトヨタ財団にいた頃スタッフに「国際的な活動をする時には国益を考えなくてもいい」ということをいったことがある。私にいわせれば国益を考えない国際活動というのがまさに将来の国益につながると思ったのである。
 欧米でもきちんと国益を考えているが、非常に長いスパンで見ている。一〇〇年単位のモノサシで国益をにらんでいる。けれど日本は非常に短いモノサシの国益を考える。これでは本当に必要な国際活動はできなくなる。もっと長いモノサシで社会貢献活動を行うべきだ。

失敗が許される財団活動
 財団活動で大事なポイントのひとつに迅速さがある。例えばこの間の阪神大震災に当たって、我々は震災の翌日に調査隊を派遣してその翌日からボランティア活動に入った。財団は、走りながら考え行動することもあるが、これは失敗を恐れていてはとうてい実行できない。大震災のような場合には何はさておいても対応の迅速さが求められる。
 震災の援助活動ばかりではない。世の中にはどこからも援助はしてもらえないが、コロンブスの卵のような優秀な研究を行っている団体などが数多くある。そうしたところへ援助の手を差し伸べるのも我々の仕事だ。援助をして失敗したらどうなるのか。
 私は財団なら失敗が許されると思っている。政府だと税金の無駄づかいということになって批判を浴びる。我々がもし失敗したらその失敗を十分検討し同じ失敗を繰り返さなければいい。
 優れた研究を助成をするにも、我々スタッフが日頃から確かな情報を持っていなければ実現しない。私はスタッフの人脈が民間財団活動の重要なキーポイントになると考えている。つまりいい人脈をつくることがいい情報を入手することにつながり、いい情報を入手していくと財団活動が活性化されていくのである。

財団を活性化する若いスタッフの役割
 これから先の日本の財団活動、フィランソロピー活動はどうなるか、ということだが、私は将来に大きな期待を寄せている。
 阪神大震災で今年がボランティア元年だ、という人もいるが、ボランティアに限らず、市民活動全体にいえることだが、若い人がリーダーシップを持って活動する傾向がうかがえる。これは大変素晴らしいことである。
 現代の若い人には枠にはまらないおおらかさと、ひとつの物事にあまり執着しない面がある。つまり、物事をクールに客観的に見ることができるのだ。これに加えて、燃えるような使命感があれば、フィランソロピー活動の先頭に立つことができる。
 これからの日本の財団活動は若者を中心にしながら必ず活性化していくだろう。そうした若者を育てていくことが、私たちが果たさなければならない責任ではなかろうか。(談)

林雄二郎氏プロフィール
1916年生まれ。東京工業大学電気化学科卒業。経済企画庁経済研究所長、東京工業大学社会工学科教授、トヨタ財団専務理事、東京情報大学学長などを経て、1994年12月より日本船舶振興会顧問に就任。著書に「成熟社会・日本の選択」「知識の時代から智恵の自体へ」「日本の財団」など多数。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation