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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: オリンピック?ほかに番組はないの…  
コラム名: 自分の顔相手の顔 117  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/02/09  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この一、二週間、私はテレビのオリンピック番組から逃げ廻っている。ニュースを見ているといつの間にかオリンピック、他の番組もいつの間にかオリンピック、なのだ。
 オリンピック自体をいけないと言っているのではない。放映ももちろんしてほしいことである。しかしこの時期、オリンピックを流していればいい、というマスコミの右へ習えの迎合の姿勢がいやなのである。
 日本人だけがありがたがるものに、オリンピックと国連とノーベル賞があるという。他国民は、それほどこの三つの権威を感じないのだそうだ。
 私がもし普段からスポーツをしていたのだったら、オリンピックにも興味を持ったろうと思う。しかし私はスポーツとはほとんど無関係で暮らしているのだから、時々、フィギュアーやジャンプを見て、「すごいなあ」と感心する程度で、テレビの画面が全部オリンピックになったら見るものがない。
 そんな矢先、旅先でテレビをつけたら、女性のアナウンサーが、「オリンピックが近づいてワクワクしますねえ」という意味のことを言った。すると所ジョージさんが「オレはワクワクしねいよ、選手じゃないもん」と答えられた。女性アナウンサーの迎合的な個性のない言葉と、所さんの堂々たる反応は対照的であった。私は所さんのファンである。
 聖火リレーなど見ていても、何であんなものに、皆が勿体ぶって参加したり沿道に並んで見物したりするのだろうと思う。聖火は大した苦労もなく、飛行機で運ばれて来たのである。その仕組みも最初はなかなかわからなかった。離着陸の時、乗客は禁煙を強いられるのに、どうして聖火だけは本火を飛行機で運べるのかなあ、という私の素人の疑問に、新聞は親切に答えてはくれなかった。
 今は、あれは懐炉(かいろ)みたいな容器の中の火種(ひだね)として運ばれたのだと知っている。知人が教えてくれたのである。そういえば着陸の時「これから先のお懐炉はご遠慮ください」などというアナウンスは聞いたことがないから、懐炉はいいんだろうな、とばかな納得の仕方をしたのである。
 沿道で聖火リレーを見ていたおばあさんまで、アナウンサーの問いに「冥土(めいど)の土産にね」と答えている。つまらないものを冥土の土産に持って行く人だ。せっかく長生きしたのならもう少し歯応えのある冥土の土産話を用意したらどうだ、と私のアクイは留まるところを知らない。
 たった一つオリンピックの報道でおもしろいのは、堅い人工の雪を降らせたり、雪の下に融けるのを防ぐために畳を敷くことを考えたり、氷の石筍(せきじゅん)を薄く切ってそれを敷石状に並べた上に水を撒いて氷を張らせる技術にうちこんだ人々のことだ。こういう凝り性な人々がいる限り、日本国家にはまだ未来がある。そういう技術や執念を引き出したということでは、オリンピックもまあいいか、とそれが唯一の慰めである。
 



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