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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: そこにだけある静寂  
コラム名: 私日記 連載56  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1998/05/03  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   一九九八年四月六日
 午後、ホテル海洋で、日本財団の平成十年度の補助事業について、まずマスコミに報告。今年度の予算は補助事業、直轄事業、特別協賛事業、貸付事業を全部合わせると千四百十五億円になる。
 どこにいくらを出したかを細かく書いた「事業計画アウトライン」を配るが、インターネットというものは、実に便利なものだ。間もなく財団のページは十万枚になるという。補助金、助成金を出した団体からの報告書も、いずれ全部載せる予定だから、世間が一番公正な評価をしてくれる。
 今年は特別養護老人ホームの建設や増築が十四件ある。山口県の「むぺの里」という施設に対する一億七百万円は痴呆性老人グループホームの建設に充てられる。ホスピス専門のナースを養成するために日本看護協会に千六百万円。マラッカ・シンガポール海峡の航行の保全のためには一億六千五百三十万円。犯罪被書救援基金には二千五百六十万円。
 マスコミに説明を終わった後で、補助金が決定した団体の代表の方々との懇談のパーティーをする。千人を超えるお客さまが来てくださったので、時間のある限り個人的なお喋りをする。日本筋ジストロフィー協会の方は、車椅子で出席してくださった。
 四月七日
 十時から執行理事会。
 私のオフィスのテーブルにおもしろい現象がある。丸い赤鉛筆をおくと、ころころと転がってぽとんと床に落ちるのである。つまりテーブルの面が水平でないのだ。古いビルだから、ビル自体が傾いでいるのか、テーブルの足の問題なのかわからない。直しましょう、と言ってくれる人もいるが、鉛筆が落ちるのがおもしろくてそのままにしてある。考えあぐねると、鉛筆を転がして、これで発電ができないものか、と思う。
 午後、三菱重工の相川会長。日本財団も開発に協力しているメガフロートと呼ばれる鋼鉄製の浮体(私は「お化け畳」と呼んでいる)の研究が続行されることについての報告やご説明を聞く。緊急の時には、宿舎、倉庫、ヘリポート、何にでも使える便利な空間である。「来年には千メートルの滑走路を海上に作ります」と言ってくださった。それではまた近く、それがどのようなものか、マスコミに公開しましょう、とお約束する。恒久構造物ではないから、必要がない時には撤退できて、海に傷を残さない。
 四月八日
 午前中、石川康輔神父に旧約聖書の講義を受ける。今のところずっと詩篇を読んでいる。昔、山谷のシスターたちが住んでおられた貧しい民間アパートの三畳間の祭壇の前で、外の町の騒音を聞きながら、そこだけにある静寂の中で夕の祈りを捧げたことを思い出す。終わるのが惜しいような祈りの時間だった。
 夕方から、南アのムペキ副大統領夫妻との夕食会が、外務省の飯倉公館であるのに出席するはずなのだが、国会がいつ終わるかわからないので、外務大臣のご出席時間もなかなか決定しない。
 やっと八時半からと決まって八時少し前に家を出る。ムペキ夫人とは、南アに行った時お会いするように言われたのだが、時間が折り合わなかった。静かで横顔に気品のある方。お隣の席でぽそぽそお喋り。副大統領が、日本と南アの間には植民地の関係がなくてよかった、とおっしゃったのは、つくづくほんとうだと思う。出発するのにしこりがないというのは、幸運以外のなにものでもない。副大統領は、NHKの生番組に出られるので、食事が終わるやいなや「拉致」された。それで私も家に早く帰れる。
 四月十日
 朝から財団で雑用。
 今日は聖金曜日。イエスが十字架上で苦悩の死を遂げられた日。私は、ユダヤ人の断食風に、それも昼ご飯を抜くだけしか、犠牲を払わない。
 夕方、帝国ホテルで吉川英治賞の授賞式があった。去年文化賞を私たちがやっている海外邦人宣教者活動援助後援会が頂いた時、私は海外にいて欠席した。そのお詫びとお礼を吉川夫人とご家族、講談社に申しあげるために出席。その後、新国立劇場でオペラ「蝶々夫人」を見る。愛する人(この場合はピンカートン)が、「或る晴れた日に必ず帰ってくるだろう」と信じる気持ちは、万国共通。私は「或る雨の日に」と思うたちだけれど。
 四月十一日〜十二日
 十五日から障害者の方たちと、エジプト、イスラエル、ヨルダン、イタリアヘ行くので、原稿をせっせと書く。その間に畑の整備。種は播いておかねば生えないのだ。春菊、豆、レタス二種類。セロリー用の畑も肥料を入れて五月に種を播くだけにしておく。
 庭の八重桜は急に花がはっきりしてきた。チューリップも毎日採れる。腕にいっぱい抱えて家に入って来ると、葉のぎしぎし鳴る音が独特。
 十二日朝は、復活祭のミサに出席。
 コンゴの高野日本大使ご夫妻が休暇で日本に帰って来ておられるので、電話でちょっとお話しする。この夏の終わりにコンゴに入ることについてご相談。以前はザイールという国であった。
 



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