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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 希望と絶望と?中国に押しかける移植患者たち  
コラム名: 自分の顔相手の顔 397  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/12/20  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   イギリスのテレビで放映されたのだそうだが、マレーシア人で腎臓透析を受けている人たちが、腎臓の移植を求めて中国に押しかけているという。移植を待っている人のリストは次第に多くなり、今ではもしマレーシアなら十六年は待たねばならないほどになった。
 重慶の或る病院の、移植部の副部長であるリー・キアン・シェン博士はイギリスの四チャンネルの中国語によるインタビューに対して、腎臓の値段は約百十七万円で、今年は既に百例の移植手術を行った、と軍服姿で語った。
 メディアはまた中国の人民解放軍病院で、刑を執行された死刑囚からの腎臓をもらって移植手術を受けたという数十人の患者にマラッカで取材した。
 ウィルソン・ヨウもその一人である。彼は今、自分と同じ手術を受ける人々を同じ病院に送るためのツアーを計画している。彼が移植手術の後で、主治医に腎臓のことを尋ねると、医師はこともなげに言った。
 「心配いりません。あなたの腎臓は麻薬密輸をして死刑になった十九歳の青年のものです」
 病院側は現金で手術費用を持って来るように要求した。ヨウは、そんなに多額の現金を持って入国することを心配していた。しかし彼は軍服を着た移植部の部長に迎えられ、軍の車で第三軍友好病院に連れていかれた。
 「私は他のことは考えられなかったんです。とにかく生き残らなければならない。子供たちのうちで一番年下のはやっと一歳です。倫理的な部分を考える隙はありませんでした」
 ヨン・プァィ・シム夫人も、もう透析では無理だと医師に言われた後で他の腎臓患者のグループに加わって重慶の同じ病院に行った。一週間他の患者たちと病院で待っている間に、彼女は医師に「後どれぐらい待たなければならないの」と尋ねた。すると一人の役人が、いついつだと教えてくれた。「その日に処刑が行われるので、我々はすべて腎臓をもらえるのだ、というのが返事でした」と彼女は記憶している。手術の後で彼女は医師にいくつかの贈り物をした。錫のティーポット、銀の鎖、それとネックレスであった。
 マラッカで透析センターの経営を手伝っているジョン・タン博士は、中国でマレーシア人に移植される腎臓の多くは処刑された人のものだ、と語っている。死刑は重慶のその病院内で行われるので、死刑囚は麻酔を打たれることが許されている。「銃殺される前の恐怖を味わうより、ずっと苦しまずに死ねるんですよ」と彼は言う。
 マレーシアの透析患者は約六千人。クアラルンプールの腎臓ファウンデーションの医師は語っている。
 「毎日、私は絶望的な患者たちが中国行きを希望する相談に乗っています。そうしろとも、そうするな、とも私は言えないのです」
 私の子供が透析患者で、「あなたは運命を受容して死ぬのよ」と言わねばならないとしたら、どんな思いになるだろう。
 



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