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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 整体ツアー?星空の下、安い治療費で  
コラム名: 自分の顔相手の顔 253  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/07/12  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   モンゴルへ行く前から、右足の痛いのを我慢していた。四月半ば、イスラエルの遺跡で四年前に骨折をした方の足を再び捻挫した。その後遺症を庇っておかしな歩き方をしているうちに、右膝が腫れぼったくなって来た。その痛みはウランバートルヘ着いてもあまりよくはならなかった。
 すると耳寄りな情報が入って来た。何しろモンゴルは馬の国だから落馬事故も多い。伝統的な接骨・整骨医で腕のいい人がたくさんいる理由である。こういう時、必ず人を驚かせようという悪戯な人はいるもので、「ここの医者は、日本でへたくそに継いで来た骨なんか困る。もう一度べしっと折りなおしてから直します、と言う人もいるんですよ」などとおどかされもしたが、とにかく私は紹介されて首尾よくモンゴルの伝統医学のドクターに見てもらうことができたのである。
 何という病院かと言われてもモンゴルはキリル文字というギリシャ文字に似た字を使っているので、私たちには病院の看板・文字を何一つ読むことができない。音が読めても意味が分からない。
 病院は古いものだが、男性のドクターの部屋だけは染み一つなくきれいに整えられていて、私はすぐ内臓のエコーのテストをされ、腎臓と膵臓が悪いと言われたことはないか、などと聞かれた。日本の友達に言わせれば、まちがいなく悪いのはアタマとキリョウとコンジョウに決まっているから、私はおかしくなったが、内臓の病気の記憶はなかった。
 次に女医さんが現れて、私の膝は別に水も溜まっていない。筋肉に損傷があると思われる、ということで、それから治療が始まった。膝を中心に両足のマッサージ、吸い玉、鍼、温湿布、瀉血、温灸など、通える日数によってメニューが決まる。日本人の中には、鍼も痛いから嫌い、瀉血など怖くてだめ、お灸も跡が残るからいや、と決めてかかっている人が多いらしいが、私はどれもよく知っていて好きなので、十分にやってもらった。悪い膝からは、黒い血の塊が出て軽くなるのがわかるのである。
 この女医さんの腕は大したもので、自分勝手を言えば、引き抜いて日本に招聘したいくらいだが、自分の都合ばかりを考えてはいけないであろう。日本よりもむしろモンゴルでこそ、こういう技術は必要とされているのである。
 モンゴルにはたくさんの日本人が観光に来る。観光収入は大きな財源である。私も三晩、ゲルと呼ばれるフェルトの丸いテントに泊まった。日本人に人気のあるのは、乗馬ツアーだそうだ。星を見に来たという健康そうな八十二歳の女性ともお喋りをした。
 しかしこれからは、モンゴル整体ツアーというのがあってもいいだろう。上手な医師はたくさんいるし、日本より治療費は安いだろう。ゆっくり星を見ながら体を直してもらい、優秀な技術に対して正当な報酬を払うことは、その国とのいい関係なのである。
 



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