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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: お色気?男性は「ちらり」か「のびのび」か  
コラム名: 自分の顔相手の顔 154  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1998/06/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   昨日のこの欄で、イスラム圏の女性が着なければならないヘジャーブという長い服についてふれたので、その続きを書くことにする。
 女性が、一人前になると、一人では出歩かない。必ず男性の付添いがつく。ショートパンツやミニスカートやボディコンの服を避ける、という地方はイスラムだけでなく世界中でかなり多い。
 イスラムの国々にもさまざまな生活体系があって、保守的な社会を維持しているところから近代化されている国まで、決して一言では言えないのだが、女性が、肌はもちろん顔さえ見せないでベールの下に隠す、という地方に行くと、私は今でも素朴な感動を覚えるのである。既婚婦人の場合なら、夫や兄弟のような極く親しい人以外には顔を見せない貞淑を社会があげて強制する、また当人もそれを容認するような社会は、日本のように「失楽園する」ことも平気で許されるような空気の国からみると、一つの文化ショックである。
 男性にとっていったいどちらが女性の魅力を濃厚に感じるのだろうか。一九六〇年に初めてアメリカという国へ行った時、私たちは船でロスアンゼルスに着いた。すると埠頭の上にショートパンツの娘たちの姿がいくらでも見られた。当時の日本ではまだそれほど服装に関して開放的ではなかったから、それは新鮮な感動であった。
 保守的なアラブの国では、顔だけでなく、くるぶしを見せてもいけないと言うが、そうは言っても女性たちも階段を登るのだ。すると嫌でもちらりとくるぶしは見える。その時の色気がたまらないんですよ、と解説してくれた日本人はいた。
 夫以外の男たちに顔を見せないだけでなく、写真も撮らせないことが社会の常識だ、とは言っても、美しい女たちは、世界共通の心理として内心は着飾ったところを写真に撮ってもらいたいのである。北アフリカの或る地方で、私は友人の男性のカメラマンと歩いていて、彼が村の女性たちにカメラを向けると、彼女たちがはしゃいでポーズをつけるのを何度も見た。しかし遠くにでも村人が現れると、彼女たちはとたんに態度を変えて、カメラマンから遠ざかった。
 リビアでは、私の知人が女性の見える村の光景を写真に撮っていて宗教警察に捕まった。この人はカメラとフィルムを没収されるだけでなく、刑務所にぶちこまれても仕方がないところであった。私たちは警察署に連れて行かれたが、私は署長の前でとっさに「そのカメラは私ので、私がシャッターを押すことを頼んだのです」と言い、署長と和解の握手をしてしまった。女性なら女性の写真を撮ってもいいのである。握手もみだらなことだったのだろう、とにかく署長はそれでひるみ、カメラを返して私たちを解放してくれた。
 太陽の下でのびのびと肢体をさらす色気がいいのか、ちらと見えるくるぶしの色気がいいか、私は女性だから答えは男性に聞きたい。
 



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