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原発事故が連邦崩壊招く 前回、チェルノブイリ原発事故で被ばくした子供たちへの救援活動についてお話ししました。今少し、この関連の話を続けます。 一九九〇年九月、私が当時ソ連邦の大統領だったゴルバチョフさんにお目にかかった際、チェルノブイリ原発事故への救援を正式に要請されました。そこで、私はライサ大統領夫人の救援プログラムヘの委員就任を依頼したのです。ライサ夫人は、旧ソ連邦の歴代ファースト・レディーとは違い、体も細身、近代的雰囲気をもった性格の明るい方です。が、国内ではさほど評判が良くないのが残念でした。さて、ゴルバチョフさんの答えはこうでした。 「わがソ連邦は民主主義の国であり、命令することはできません。しかし、夫としての影響力を行使することはできます」 茶めっけたっぷりの大統領の言葉通り、ライサ婦人は委員に就任。消防活動中に被ばくした人々が収容されていたモスクワ第六病院に私と一緒に慰問に出掛けたりと、委員としての役割を果たしてもらいました。 それにしても、チェルノブイリ原発事故が旧ソ連邦に与えたインパクトは社会的にも政治的にも大きなものがあったのです。 事実無根、根も葉もない流言飛語がそれです。いわく、ウォッカを大量に飲まないと残存放射能に被ばくし、精子が減少する。結果はウオッカの飲み過ぎによる胃かいようも原発事故のせいになります。いわく、事故現場の近くにいた女性は妊娠できない。したがって結婚相手としては不適切となり、いわれのない差別を生みます。 時とともに肥大化し尾ひれの付いた流言飛語は国中を駆け巡り、しまいには極めて政治的色彩を帯びたものになっていったのです。 ロシアの古いことわざに「はじめはスズメのようでも最後は牛」というのがあるそうです。たわいのない噂話が最後には危機を招くような事態に陥ることを意味します。 ゴルバチョフ大統領が声高らかに国民に呼びかけた“グラスノスチ”すなわち情報公開が皮肉にもチェルノブイリ事故には徹底されなかったのです。危機に関する情報の出し渋りは、命取りになるときがあるものです。ゴルバチョフ大統領の進めた“ペレストロイカ”“グラスノスチ”政策の知恵袋的存化だったヤコブレフさんはソ連邦崩壊後、しみじみと私に述懐したことがあります。 「チェルノブイリでの原発事故の処理のまずさがソ連邦崩壊の大きな要因のひとつになった。正碓な情報を速やかに国民に提示しておけば、ゴルバチョフの政治基盤は少し維持できたかもしれない」と。
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