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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 天上の青  
コラム名: 私日記 連載26  
出版物名: サンデー毎日  
出版社名: 毎日新聞社出版局  
発行日: 1997/09/28  
※この記事は、著者と毎日新聞社出版局の許諾を得て転載したものです。
毎日新聞社出版局に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど毎日新聞社出版局の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   九月一日
 義母の命日。亡くなった時、九十八歳だった。その時、私たち夫婦は外国を旅行中だった。義父も義母も一応元気だったので、私たちは息子一家が東京に帰って来て留守番かたがた見ていてくれるというのに任せて、地中海の西半分の調査に出ていた。
 息子の話によると、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもあまり好調だったので、これならずっと東京で見張っていることもないや、と思い、東北地方へ妻子を連れて旅行することにした。家にはたまたま私が娘同様にしている資格のある看護婦さんもいてもれたので、毎日正午に出先から定時連絡をして祖父母二人の様子を聞き、夕方には泊まっているホテルを知らせるというやり方を決めた。
 一日の正午に電話をかけた時には「お元気ですよ」だった。二時間ほど後に電話をかけると「実はお祖母ちゃまが先刻亡くなったんです」ということだったと言う。
 義母は午前十一時頃、トイレの後、お風呂場で行水をさせてもらい、サッパリした後、少し眠った。義父母は、朝割りと遅起きなので、昼御飯は一時と決めてあった。長い看病の期間があると、私の感じでは、介護者の心の発散も大切だった。付添いの人には、十二時に私たちと気楽に、老人のことは一時忘れて食事をしてもらっていた。その後で、午後一時からが義父母の食事というのが習慣であった。
 その日も一時に食事を持って行くと、義母はもう息がなかった。隣の部屋にいた義父も全く異変に気がつかないほどの静かな最期だった。
 ここのところ私はずっと風邪を引いている。シンガポールの帰りの飛行機の中でおかしくなって以来、喉がよくならない。あまりだるいので、ホームドクターのところへ血液検査に行く。気が緩むとこういうありさま。
 九月二日
 朝、笹川平和財団の主催のイスラムについての早朝勉強会があるのに、だるくて動けない。そこだけさぼって十時半の執行理事会にだけ間に合うように日本財団に出勤することにする。
 八月は一応、執行理事会は開かれなかったのだが、九月からは毎週である。何とか二週に一度にならないか、と怠け者の私はまだヒソカに考えているのだが、この運営は厳しく守られていてどうにもならない。
 午後、ミャンマー調査の打ち合わせ。日本財団は平成五年度から平成八年度までに、ミャンマー対して一億三千万円余りの、基本的な医薬品、並びそれを正確に配布し、住民に安く売り、その資金で再び必要な薬を買うことができるようなリボルビング・システムの普及教育のためのお金を出してきた。その結果を調査するため。
 さらに笹川良一会長が執念でずっと続けてきたライ撲滅のための活動も、二〇〇〇年をめどに収束宣言ができそうなので、最後の調査も行う予定。一つの病気の脅威を人間の力でなくせたのである。
 今度の調査は、私が作った通称“忍者部隊”の抜き打ち監査方式を若い世代に教えるためでもある。今日はミャンマー忍者も加わっての会議。
 九月五日
 ここのところ朝顔の「ヘブンリー・ブルー」が軒先で一メートルくらいはある巨大な花の塊になって咲く。毎日新聞に『天上の青』という題で連続殺人をテーマに連載小説を書いた時、その第一回目と最終回に出て来る花である。
 午後、防衛庁防衛研究所で講演の後、ラジオ日本で「珠生・隆一郎のモーニング・トーク」に出演。夜、読売新聞のインタビュー。
 猫のボタ、十八歳。食欲なく、一家何となく気になる。私の方は血液検査の結果「何もご心配なく」だそうだ。またしても怠け病が立証された感じである。
 九月六日
 朝、マザー・テレサの死去の報道。『新潮45』に書こうとしていたテーマを急遽マザー・テレサに改める。
 一生を一つことに捧げるというのは容易なことではない。しかも時々ではなく、ずっと終生、その人たちを生かすことに責任を持つということ。それがほんものだ。
 マザーは、ノーベル平和賞の受賞パーティーを、お金の無駄遣いだと言って断った人である。ダイアナ妃の華々しい慈善的な行為とは、全く重さが違う。しかもダイアナ妃は、近く普通の人になって、こういう公的な生活から離れることを仄めかしていたと言う。離婚後と再婚までの間の心の空白を埋めるための慈善活動だったとも見える。しかし神は「あらゆる人を、その資質に従ってお使いになる」ということを考えれば、ダイアナ妃もマザ・テレサもその職責を果たしたのである。
 夜、英国元皇太子妃ダイアナさんの葬儀の中継。元の夫、息子たち、義父、弟の五人が黙々と徒歩で棺の後を歩く姿に打たれた。選ばれた祈り、聖書朗読、すべて心がこもり、それを選んだ理由がよくわかる。しかしテレビの解説者は全くその点に触れず、弟スペンサー伯の追悼の言葉の同時通訳さえ消して喋り続けた。キリスト教の葬式には、少し専門家の解説が必要である。
 



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