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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: いい人たち?男たちよ ダンディーであれ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 231  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/04/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   日本では、逸脱ということはひどくいけないことだ、ということになっている。その人が固有の名前を持った個人である前に、その会社や役所のポストとしての任務に徹し、その立場としての見解を述べることが有能で懸命な人だということになっている。だからすべての人の言うことは、「官報」みたいな態度になり文章になる。正しくはあるが、その人らしい感情とか哲学というものは全くなくなる。それを痛感させられる体験をした。
 毎年、体の不自由な方たちとイスラエルに旅行しているが、今年はトルコからイスラエルに回ることになった。
 トルコ人はドイツやイタリアなどヨーロッパの多くの国々に移民として出かけ、それが摩擦になっている国も多いという。しかしトルコに来てみると、ここは今でもなかなか深みのある国である。
 同行のHさんは中年の女性で、筋ジストロフィーの患者さんである。しかし身だしなみも簡潔できれいにしているし、気力もしっかりした方なので、明るく振る舞い、全力を挙げて自分のできることをしようとしている。しかし長い移動は車椅子で、それを若い男性が支え、女性たちが食事の手伝いをする。
 博物館を出たところで、突然Hさんの車椅子の前でパトカーが一台止まった。何か違反でもしていたのだろうか、と事情のわからない外国のことでもあるし、一瞬傍にいた介助者たちも緊張したらしい。トルコといえば、日本を出る前は、繁華街で自殺テロ事件があったという報道があったが、ここへ来るとそんな緊迫した空気もない。
 さて、そのパトカーは、車椅子のグループの傍に止まって何をしたかというと、Hさんに一本の白いカーネーションを差し出したのである。
 こんな話は、日本の警察全体で聞いたことがないだろう。日本人が徹底して今まで男たちに教えてこなかったのは、ダンディズムというものであった。ダンディズムは、しゃれて、すてきで、一流で、きちんとしていることだと、字引には書いてある。
 日本人のコマルところは、こういう話を書くと、「それではうちの署でも花代を計上して、障害者に花を贈る運動をしよう」などと衆を頼み制度化して、再び共通の行動と見解にしてしまうことだ。
 ダンディズムがすてきなのは、それがあくまで一人の選択した行為だからである。他人を出し抜いて自分の好みを通すことである。よその警官とは違って、あのおまわりさんはすてき、と女性に思わせる情熱と技術である。
 一つの遺跡では、保安係の制服を着た人が、私たちが石段に並んで集合写真を撮っていると、それを知らずに前や横を通る他の観光客を一生懸命防いでくれた。後でお礼を言うと、ほんとうに嬉しそうな笑顔を見せた。
 これだけでトルコ人をいい人だと言うのはまた早計というものだろうが、いい人が確実にいたというのは、楽しい話だ。
 



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