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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 現地職員?文明と無縁の地で捧げる生涯  
コラム名: 自分の顔相手の顔 313  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/02/23  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   アフリカやラテンアメリカで、川筋に発生するブユに刺されることによって起きるオンコセルカ症という盲目になる病気がある。しかし今では既に罹患している人たちに対して、その発病を抑える薬ができている。一九九一年以来日本財団がその薬を配るための費用を拠出して来たというので、今回財団に対して、ヘレン・ケラー・ワールドワイドから「スピリッツ・オブ・ヘレン・ケラー賞」が与えられるということになった時、私の心に浮かんだのは、その授賞式にも恐らく現れることもないだろう、と思われる現地職員のことだった。
 私はブルキナファソで一村の三分の一が、オンコセルカ症のために盲目になった村を訪ねたことがある。案内してくれたのは、普段はナイジェリアにいるというヘレン・ケラー・ワールドワイドのアメリカ人職員だった。
 予防薬は、十年間、一年に一度体内の原虫を殺すために飲めばいいのだから、私たちからみたら楽なものなのだ。しかしアフリカの現実では決して簡単なことではない。
 電気もテレビもラジオもない人たちなのだ。字が読めないから新聞など手にすることもない。四季もない。乾期と雨期があるだけなのだ。自分の生年月日もよくわからない。そういう人たちに一年に一度という概念を守らせることは本当に難しい。
 電気のない生活がどういうものか、日本人はほとんど知らない。電気がないということは、水も自由には出ない、ということだ。もちろん冷蔵庫もないから、冷えたビールや冷房は夢の世界である。
 そうした土地で、こうした職員たちは働くのだ。もちろん夜空の星は砂を撒いたように壮麗だ。銀河は輝く帯になって雄大な天空を二分する。風も甘い。払暁の涼しさと爽やかさは、恋のように心を揺さぶる。
 しかし新聞もテレビもCDの音楽もなく、おいしいチーズや葡萄酒や、文明の持つ一切の恩恵から離れて、その人たちは暮らし続けるのだ。ニューヨークのあのきらめく灯火を思い出し、生のオーケストラを聴いて暮らせる人生を放棄したことを、どうして心の中で納得するのだろう。
 しかも、貧しい人が、いつも慎ましく感謝に満ちているわけではない。貧しい人たちは、往々にして要求するのが当然と思う。なぜもっと寄越さないか、なのだ。
 エルビス・プレスリーは聖歌の中で「彼のみに知られた」という歌を歌っている。彼というのは、神のことだ。神のみが多分喜んでくれるだろう、という仕事に生涯を捧げることだから納得しているのである。
 日本財団が受けた「スピリッツ・オブ・ヘレン・ケラー賞」はそのままそっくりそのような星空の元で人々の視力を守るために働いている現場の職員に贈られたものと、私は思っている。彼らのおかげで、数十万人が失明を逃れた。そのことを神のみは知っているのである。
 



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