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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 郵便事情?お国自慢がまた一つ増えた  
コラム名: 自分の顔相手の顔 244  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1999/06/08  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私が外国人に向かって日本という国家がいい国だという世間話をする時、いつも挙げるのは、一円も持たないホームレスの人たちに対しても救急車が病院に担ぎ込めば、すぐ医療を開始すること、と、郵便や宅配便が正確に配達されることである。
 私のうちでは、私が仕事をしているので、ヘルパーさんが「奥さん」の役目をしてくれている。彼女は明日うちで私の友人が簡単なお昼ご飯を食べる、ということになると、海辺の魚屋さんにマグロを注文して、ご飯を炊き寿司飯の準備だけして待っている。鉄火丼を作るつもりなのである。
 十時半を過ぎても宅配便が来ないと、私は少し不安になる。「鳥肉はあるかしら。いざとなったら親子丼でごまかすから」などと言っていると、「奥さん」は平然として「大丈夫、来るでしょう」と信頼をくずしたことがない。そして確かに十一時少し過ぎると、玄関にマグロは届けられるのである。
 今度郵政省は、私たちが何時までに郵便を出したら、どこの地方なら翌日の何時までに届く、という地図を張り出すことにした、と言う。私が外国人に自分の国の自慢をする種がまた一つ増えたのである。
 しかし深い感謝と称賛に満ちてこの事実を知った上で、なおも人間の、いや、私の心に残る邪悪な半面も示しておかねばならない。
 世界中で、日本のように郵便が「理詰め」のみごとな正確さで届く国はほんの僅(わず)かである。盗まれるケースもあれば、理由もなく積み残されて半年目に届いた、とか、原因不明で行方不明になったきりだ、とかいろいろな悶着がある。
 昔、東南アジアの或る大国で取材をしていた時、その国の郵便事情の話になった。
 「ソノさん。ここじゃ、郵便は出したら届くと思っちゃいけませんよ」
 と一人が教えてくれた。
 「理由はいろいろあるけど、一番多いのは、集配の人が、ポストから本局まで届ける間に切手を盗んじゃうことです」
 それでは届かないのが当たり前だ、と私はびっくりした。
 「だから届くかどうかは運なんだけど、できたら本局で投函する方がいいよ」
 ひどい国だ、と私はその瞬間は思った。しかし電話を切ってから、これは楽でいい国だ、と別の感慨を持った。私は生来嘘つきなのだろう。もしその国で手紙を出すのをさぼって立場が悪くなっていたら、私は「あら、出したんですよ。でも届かなかったのね」と言い訳ができるのは便利だと思ったのだ。しかし郵便が正確に届く日本では、そんな見え透いた嘘は通らない。
 



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