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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 農薬?バラは作らないことにした  
コラム名: 自分の顔相手の顔 342  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2000/06/07  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私は時々、いい気になって自分は畑のことをいかにも知っているようなことを書いて来た。週末は海辺の農村の中にある家で過ごしているから、散歩をする時にも専門家の畑の作り方をじっくり盗み見ながら歩いている。タマネギが枝の先になるものと思っている都会派の奥さんよりは少し知っているというわけだ。
 しかし最近、私が趣味に裂く時間は恥ずかしいほど少なくなった。勤めと小説だけで、音楽会に行く回数まで減った。一番なおざりになったのは植物の消毒だった。農薬は掛けたくない、という気持ちもあるので、ツツジにハダニが湧いてもそのまま。ミカンの木の葉も虫で縮れていた。それが最近少し手伝ってくれる人がいるようになって、適切な時期に最低限の消毒をするようになった。それだけで、ミカンの木は倍近くの大きさになり、ツツジはすばらしい花をつけるようになった。
 農薬なしに野菜など採れない、ということは、畑をしたことのある人なら、常識だ。ただし冬の野菜の他、ホウレンソウ、春菊、サニーレタス、パセリ、茗荷、生姜、ミニトマト、カボチャくらいなら、家庭菜園では全く農薬を使わなくて済む。
 しかし一般的に言って、無農薬野菜というのは、全くできるわけがないのである。私がそう思うだけでない。実際に畑を手がけた人で、「できる」と言った人に会ったことがないのである。
 もちろん自分の家で食べるだけならどうにかなるだろう。十倍の値段で売るなら合うかもしれない。しかし少し高いくらいで売れるものではない。それは多分ニセモノの無農薬野菜なのである。
 減農薬野菜なら、皆がやろうとしている。農家の人たちだって、農薬散布の回数は、自分の健康のためにも、安く上げるためにも減らしたい。だからぎりぎりの減農薬は誰でも心掛けている。戦後こんなにも長く農薬散布を続けていても、別に際立った障害が農村の人たちに出ていないという事実は、一つの証明だろう。
 私を手伝うようになってくれた人は、外国での農業体験もあるのだが、外国の農薬の強さは日本の比ではないという。日本の農薬は効かない、というのが最初の実感だったそうだ。それは、輸入作物はやはり危険だ、ということになるだろう。そのためにも眼の行き届く日本の農業を成りたたせなければならないはずなのだが。
 遺伝子組替えをした作物なら、虫や病気に強いという。遺伝子組替えをした作物がどう怖いのか、私にはまだわかっていないのだが、人類の健康の未来につながるこの問題に、専門家が本気で取り組んで、素人の心配を取り除いてほしいと思う。
 私はバラは作らないことにした。バラは農薬漬けにしないといい花は咲かない。長い年月には土地がどれだけ農薬の塊になるかと思うと、恐ろしくて作れなくなったのである。
 



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